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篠田拓海は、永い恋を、していた。
どう考えても、叶わない恋を。
そのひとの事を考えると、胸がどきどきして、苦しかった。今この瞬間にも、そのひとが他の誰かと愛を囁きあっているかと思うと、じりじり焼ける思いだった。でもそれを邪魔することは、自分には許されていない。自分は、そのひとにとって、一番近い位置にいる、いい友達だったから。
今夜もまた、多分そのひとからのスマホが鳴るだろう。そして、その日にあった色々を話すのだろう。好きだ、と言ってしまいそうな気持ちを押さえて、いい友達のふりをして、何て事はない話をする自分を、拓海は呪った。これ以上接近することも、離れることも出来ない中途半端な自分を。
「…はぁ」
思わずため息が出る。
「どうした、ため息なんかついて」
拓海の気持ちなんて、まるで分かっていないそのひと…櫻井禅は、喋りすぎたかな、と思ったのだろうか、それまで話していた、彼女の話をぱたりと止める。
「んー、羨ましいなあと思って」
「拓海にだって、そのうち彼女出来るよ」
「どうかなあ。俺、お前と違ってモテないしな」
私立希望の森学園高等部の2年C組の教室の端っこで、前と後ろに座るふたりは、幼稚舎の頃から仲がよく、よく一緒にいた。
「お前結構人気あるらしいぞ、恵理子が言ってた」
一番聞きたくない名前。今、禅を独り占めしている女の名前。
「もっと愛想よくしてれば、拓海もモテると俺も思うけどなあ」
俺も…?あの女と同じ意見なんて聞きたくない。拓海が聞きたいのは禅の言葉だし、禅の意見だし、禅の気持ちだ。
拓海だって、それほどモテない訳ではない。たまに男子部と女子部に分かれている校内で、わざわざ停学の危険を侵してまで告白しに来る女子部の女もいるし、下駄箱にラブレターらしきものが入っていることもある。
でもダメなのだ。禅でなければ。男同士なのにおかしいと思ってはいる。恋愛は、男女でするものだと、それが普通だと分かってはいた。自分はおかしいと思っている。まだ高校生なのに、男が男を好きになるなんて。これから青春を謳歌しようと言うところで、男が好きなんて、どうしようもない。
やりきれない考えが、拓海の頭の中をぐるぐると回り始めた頃、チャイムが鳴った。
助かった思いで、拓海は次の授業の準備を始める。
「なあ、拓海」
「んー」
「今日も電話していいか?」
「ああ、いいよ…なんだよ、いつもそんなこと確認なんてしないでかけてくるくせに」
「いや、なんか機嫌悪そうだからさ、なんか俺、余計なこと言ったかなと思ってさ」
「昨日、遅くまで起きてゲームしてたからな」
……嘘だった。機嫌が悪いのだ。あの女の名前を聞いたから。
「…今日も、恵理子ちゃんと一緒に帰るんだろ」
「ん?うん、まあな」
赤面して蕩けた顔なんてすんなよ、禅。そんな顔、見たくない。喉元まで出かかる言葉を、拓海は胸の深いところに無理矢理沈めた。
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