設定はほどほどに。

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設定はほどほどに。

ここで問題です。 どう考えても、アメリカの車でしか横断しないような道路で、人が一人とぼとぼ有り得ない時間に歩いていたとして、あなたなら車で止まるでしょうか? あの光が近づいてくるまでに決めなくてはならないことがあります。 そして、見定めないといけないこと。 ドッドッドッという音が聞こえます。馬でしょうか?何かが駆ける音。それと共に聞こえる金属音。つまり馬車かもしれない。なら、ここはヨーロッパ風の文化圏なのでしょうか。それにしても早すぎる、もう少しもう少し遅くないと… 「…のぅわっ!!!」べちゃり、と横倒しになりました。幸い、日本の湿度とは違う土地柄泥といってもベタベタになるような汚れではありません。 その光は、一気に私の横を通り過ぎて行きました。(ちょっと文学調で) 無視か!! よろよろと立ち上がり、その間にいくつか考えてみる。 ここがもし、海外と同じような環境であればー日本ならいざ知らず、ヒッチハイクくらいあると思う。ただ、治安のこともあって無視されることもあるかもしれない。 でも、できることなら乗りたかった。もう足が痛くて痛くて。靴擦れではなくて、単純に長距離用の靴ではないのよね、革靴って。それでもヒールを脱がないのは根性だなと思う。だって、5万した。5万は、私の中の靴で最高額。勝負服があるなら、勝負靴。大事に履こうと思っていたのに。 一瞬助かるかとつかの間の希望を得たのが悪かった。ふざけた思考で馬車を待っていたのも悪かった。 なんだか、悲しくなってくる。でも泣けない。それが20代との差。 「あれ?」少し歩くと前方にぼんやり光が見えた。 どうやら、先ほど通り過ぎた馬車が前方で停車しているようだ。 ここで問題です。 馬車の中にはどのような人物がいるでしょうか。 それを一瞬で判断してこちらの設定も考えなくては。 こんな広い道ー公道ならば、徒歩で使用するとは考えられない。旅人用に途中店があれば別だけど、そんなもの1軒もなかったし、他に私は人を見ていない。 そんなところにいた人物が怪しくないはずがない。私ならむしろいつでも剣を抜ける準備をする。 だから、私は何故ここにいるのかという説明を迫られた時、できるかぎりそれは自然に相手に納得させるものでなければならない。 私は読む専門なので、こういう場面でうまく乗り切る自信が無い。 一番良いのは記憶喪失だけど、それで連れて行かれる先って警察の可能性が高い。まして、それが可愛らしい少女ならともかく、こんなおばさんが、「記憶喪失なんです!助けてっ…」としてみたとろで、「はぁ!?」って感じはする。できればそうではなくて普通に仕事を探せるのがベスト。ならどうするか。 馬車からは一人降りてきた。 「いけません、旦那様!」 「大丈夫だ・・」 日本語だ。いや、正確には違うのかもしれないが、耳に聞こえたのは、確実に理解できる言葉だ。よし、かなりラッキー。 ここで、言葉がわからないとさらに先へ進めなくなる。いや、もしかすると言葉がわからないほうがごまかせたかもしれない。 でもまぁ、私は今更語学を学ぶつもりはさらさらありません。大昔に英語の検定を取ったくらいで、それ以降仕事上では使用していないので、できない日本人その1です。 たとえ仕事でト○ックやれと言われても、ト○ック900点の新卒が入って来たとしても。 そんなのはそいつを使えばいいので(←上司)別に私が学ぶ必要はございません。 たとえディベートで英語でやれといわれても日本語で通してやるわ!! というわけで、私にとっては言語が理解できるのはとてもありがたいことだった。 どうやら、旦那様に呼びかけたのは馬車の前方で座っている御者のようだ。旦那様と呼ばれた男の声は低く、背も高かった。180は越えてるよう。馬車はわりとしっかりした黒塗りのもので、馬は4頭。シルエットしか見えないけど、あの尻尾のふり具合や、小さく鳴いているものは、私が知る限り、馬と呼ぶ。良かった、知ってる動物が出て。 旦那様と呼ばれた男がこちらへ向かって来る。 「すみません!」私は駆け出した。 光に照らされたので眩しさに目を閉じる。 「こんなところでどうしました?」男が言う。暗くてよくわからないが、それほど歳を取っている感じはしない。手元のランプーどうやら油を足すもののようだーでも私の全ては見えないだろう。 「次の街まで乗せていただけませんか!馬車から落ちたようで…」 「…馬車から落ちた?」 「はい。…そのお恥ずかしい話なんですが…」そして私はあらかじめ作っておいた設定を話す。 とりあえずはこうだ。 私は前日仲間と祝杯を挙げて酔いに酔っていた。 そのため、移動時に馬車ーといっても荷馬車のようなー後ろへ載せられ、ほとんど酔っ払いのまま運ばれ、途中で一人だけ落っこちた。 ヘタに追いはぎだとか、売り払われる途中で逃げましただと、そのスキルが必要になる。私にそんな体力も動力も無い。できるかぎり、関わらずこの馬車に乗せてもらい、次の場所まで行く。こんないい年した女が飲んだくれたというのは恥以外の何ものでもないが、他には思いつかなかった。記憶喪失なんです、なんて言えるか! 「…とりあえず中へ…」男は納得したのかどうかわからなかったが、馬車へ私を乗せた。 馬車に乗るのは初めてだったが、ひとまず座ると男が向かいに座った。 「…ありがとうございます。助かります。あ、私はリオです。」にっこり営業スマイルを向けた瞬間私の顔は固まった。 び、美形フラグ…! そう、忘れてはいけません。異世界トリップ王道ともなれば、美形のオンパレードです。出てくるはずなんです。そしてしっかり出てきましたよ。何もこんな最初からこんな格好の時に出てこなくても…! 残念ながら金髪碧眼ではなかったけれど。ちょっとほっとした。私は典型的日本人なので外国人に慣れていない。白人系外国人美形ーきらきら王子様系が目の前にいて、正気でいられる自信は全く無いので。 「ウリセス・バルリエントス。気にすることは無い。私が見つけて良かった。」 ウリセス、と名乗った男は襟足にかかるくらいの黒髪に、深い青の瞳、彫が深くどことなくラテンな顔つき。アジアにも近いから、私でも直視することが可能。ちなみにこれが金髪碧眼なら目線はネクタイと顎の失礼でない程度の三角形内。 年齢は、よくわからない。20代から40代?いやもう、外国人てよくわからないんですよ。ほんとに。ただもう、美形なことははっきりしてて。 ウリセスは持っていた布で私の泥を綺麗に落としてくれて、靴も拭いてくれた。手は大きくシャツを止めるカフスが覗いてそれがそれなりに良さそうな宝石に見えたので、彼はそれなりの家を持つ者なのかもしれない。 馬車はがたがた揺れた。乗り心地は昔の汽車並みに悪い。 質問をしてどつぼに嵌ると不味いので、そのまましばらく静かに微笑んでいると、ウリセスがこちらを向いて驚く。 「リオの瞳は黒い色なのか…珍しい。」来た。黒色フラグ。そこで驚くということは、確実にここはヨーロッパ系なのですね? 「珍しいですか…?」あたりさわりのないようにー本当は色々聞きたいことはあるんだけどどうせ聞くなら道端の通行人Aとかにさりげなく聞くわ!ー伺うとウリセスはふっと笑って、 「ああ、すまない。今探している人物が、黒髪に黒目なんだ。」 「黒髪に、黒目…ですか。」いや、どうしましょう。ちなみに、私の髪はカラーリングされているので蜂蜜色です。そしてくるりとふんわり毛先にパーマがかかっています。長さはロングに入るか入らないかってくらいの肩より少し長め。これも気合入れて先週末に美容室へ行ったから、未だにキューティクルと天使の輪は健在です。コンパ行けなくなったけどね。 「ああ、本当かどうかは知らないが、希代の術師だという。」来たよファンタジー。 「術師…?」あ、これは聞かないほうが良かったかな。ウリセスは一瞬だけ目を私に向けて、それからまた話す。 「ああ。星見が告げたので朱星の落ちる街へ視察へ行ったが、『黒の術師』の姿は見えなかった。」 あの、それって、機密なんじゃありませんか?いいんですかね、私にそんなこと話して? 「術師を探すのがウリセスさんのお仕事ですか?」 「ああ。リオには関係のない話しだった。すまない。…病に伏せている人がいてね…それを『黒の術師』なら治せるというので探している…」うわぁ、美形が暗くなると効果抜群、思わず手を差し伸べたくなる。(気持ちだけ) 「それは…ウリセスさんの大切な人ですか?」 「…ああ。妹だ。」なるほど。 つまり、ウリセスという人の精神状態は普通ではないのだ。だから、私の姿を見ても普段より洞察力が欠けているのかもしれない、ならそれも私にとってはラッキーだ。 自分が大変な時に、人の細かいことまではなかなか気づけないものだから。 「『黒の術師』の特徴は?男性ですか女性ですか?」ついでだから聞いておこう。この先何があるかわからないし。 「…わからない。ただ、黒髪黒目、というだけだ。」それだけで人を探すって無理が無いか。 「それじゃあ、わからないですよねぇ、多いし。」うんうん、と頷いていたら、ウリセスさんがじっとこちらを見ていた。 あれ、何か嫌な予感。 「リオ?多いとは?」 「ええと、ほら、黒髪黒目の人からどうやって術師を見つけるのかなぁと…だって私も染めているけど黒だしね?」 はい。すみません、もう無理です。だって、視線が視線が、 むちゃくちゃ怖いんだもん!だもんなんて言える歳でもないけど、でも怖いものは怖い!何このツンドラ地帯、何この馬車の中クーラー効きすぎだ!設定温度は地球に優しく!違った、地球ではなかった。でもいい。 「リオ…」ウリセスが目線を外してくれません、どうしよう、いくら直視できても美形は美形。さらに、美形が怒ると怖いのは怖い。 「黒髪や黒目というのはよく居るが、黒髪黒目両方を持ち合わせた者は私が知る限り居ない。登録されていればわかるがな。」 「そ、そんな、でも、どこかに一人くらいは…」そんなアホな、物語じゃあよくあるパターンだけど。 「戸籍の登録にはその者が持つ色素も登録される。それが四大の属性を判断する基準にもなる。…リオ、君を街へは降ろせなくなった。私と一緒に来てもらおう。」 いやそれ、どんな設定ですか。
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