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幕間 彼女は何者か ウリセス視点
偶然だった。
星見の通りにフェデロの街へ行けばそんな人物は居ないという結果。
急ぎ馬車を屋敷へ向けていたら前方の窓にちらりと人影が。
まさか、こんな場所で。
何が起こるともわからないため側面の窓は閉じているが、前方、後方は開けていた。それとは別に緑の守護もつけているから馬車に何かが接近すればわからないはずはない。
無理を言い馬車を止めて確認できたのは、まだ歳若い少女だった。
「…リオ。君は何者だ。」
うら若き女性があのような足を出す姿は初めて見たが、仕立てが悪いわけではなかった。靴も丁寧な仕事がしてあり、泥に塗れるのが残念だったから拭いた。
珍しい黒い瞳は馬車の薄暗い中ではわからなかったが、夜のように深い本物の黒だ。意思の強そうな瞳だと感じた。
髪は栗色だったが、なぜかわざと染めているらしい。歳の頃は、14、15かと思ったが、話してみれば随分落ち着いているからもう少し上かもしれない。
これから確認しなくてはならないことが多く少々気が滅入る。
馬車の中で彼女は何度も『黒の術師』ではないと言ったが、到底信じられるものではない。彼女が嘘をついていないのは既にわかっていた。彼女の靴に軽く術をかけておいたからだ。だからこそ、彼女の言葉は真実だとわかる。
黒髪に黒目、を持つのだろう、リオは。
しかし、彼女が知らないだけで『黒の術師』かもしれない。
おかしな点は他にもある。『黒の術師』は一人だろう。けれど彼女は「多い」と言った。ということは、彼女は他の黒い髪に黒い目の人間を知っていることになる。
さらに、彼女の持ってたバックが気になる。彼女は『馬車から落ちた』と言った。落ちた直後に声をかければ誰かが助けただろう、それをしなかったーできなかったということは、彼女の意識が無かったことになる。それにもかかわらず彼女は荷物を持っている。
この矛盾はどうしたものか。
彼女は嘘をついていない。少なくとも彼女の髪に関しては。
朝食を食べる姿から見ても、それなりの階級の者ではないだろうか。少なくとも庶民はリオのように綺麗に食べないし、リオの手は荒れていない。農作業などしたことのない手だ。
そして何より彼女は、私と会った時から一度も気を緩めていない。まるでこちらの何かを探るかのように。
「密偵か?…馬鹿な。」隙はあるのだ。リオに命を狙われるわけがない。あれほどの隙がある密偵がいるわけもない。
だからこそ、解せない。
シュベールー宮廷術師の判定は、『否』だが、おかしなことになった。
早便の封筒を開けていくと、一つの封筒に手が止まる。
ギオレットの花文様に一本の剣。
それが誰の印だかわかると、封ろうを開いて見る。
「…」簡潔に、ただ一行。
”本日顔を出す”
こうなることは予測していたが、まさか昨晩の今朝で届くとは。
「…セラフィナ…」妹の名を吐き出すと立ち上がる。
まずはリオに聞かなくては。
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