先立つものが無いのです。

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先立つものが無いのです。

部屋に戻るとすることがなくなって、バックの中身を確認する。 これといって何か役に立つとは思えない仕事用具だけだ。 バックのチャックを閉め、念のため鍵をかける。鍵なんか使わないと思ってい たが、こんなところで使うことになるとは、職人さんありがとう。 今欲しいのは知識。 この世界のこと、この世界の価値観のこと。そして自分の置かれた状況。 情報が足りなさ過ぎる。 インターネットが恋しい。何でも調べられるあの世界が恋しい。 部屋に置いてある数冊の書籍から字も読めることはわかった。なら、あとはこれで調べることを優先しよう。ちなみに部屋に置いてあったのは少女趣味のロマンスものが大部分を占めていた。誰の趣味?そして私が読むと思われたのか? そこでノックと共にウリセスが入ってもいいかと言うので許可する。そもそも彼の屋敷だから断る必要は無いはずだが、このあたりが文化の違いだろうか。 「リオ、少し話しがある。」来た。来ましたよ。 私は頷くとウリセスに連れられ部屋を出た。 通された部屋には使用人と思われる女性が一人、ベットのそばについていた。 彼女がこちらに気づくと一礼をして部屋を出て行く。そして、すぐに気づいた。 部屋の寝台には、少女が眠っていた。これが、彼の妹か。 光を集めたような金色の髪に、真っ白い肌。少し汗ばみ顔が赤い。ほっそりとした肢体はゆるやかにカーブを描き、女性らしさを際立たせている。 お、お姫様フラグ…! 「妹さんですか。」思わずよろめきそうになりながらも心で自分を叱咤する。 こんなところで萌えても駄目だろう、失礼すぎるだろう私。 「10日ほど前から熱が出始めて、はじめはそれほど酷くなかったが、今はこの状態だ。」ウリセスが言う。寝ているということはかなり熱があるのだろうか。 「熱が下がらない。食欲も落ちてきている。」ウリセスには原因がわからないらしい。医者も取れる措置はすべて試したという。 意図的に視線を合わせないようにしていたのに、つい、目が合ってしまった。 無理です。(二回目) 今、現実を直視しました。 私は一般人であって医者ではございません。 熱に苦しむ少女を助ける手段なんか知るわけがない。だから、そんな目をされても何にもできません。早く開放して。かわいそうだとは思うのだけど何ができるというの私に。 部屋へ戻るとウリセスがそのまま茶の準備をさせてただいま向かい合い中です。 すっごく気まずい。そもそも彼は何をしている人だ。平日のこんな時間から悠長に家に居れるということは、貴族様か。そんなことを思っていると切り出された。 「リオ、リオは他にも黒髪黒目の人間を知っているね?」はい来た。確かに。多いからなんて言ったからな、他にもいると思うわよね。 「はい。私の両親も私の兄弟も黒髪黒目です。」遺伝だからな。当たり前だけど。 「ご両親は今どちらに?」 「実家に居ます。」嘘はついてない。 「彼らに連絡を取ってこちらへ来てはもらえないか。」 「無理です。」だって異世界ですから。 会話、終了。 駄目じゃん! いやもう、見るかぎりウリセスいい人のようだから協力したいのは山々なんだけどね。無理だよねぇ。日本にはそれこそ山のような黒髪黒目がいるけれども。無理よねぇ。 「リオ、君は馬車から落ちたというが、怪我は無いのか?」ウリセスの次なる攻撃。 「はい、幸い丈夫みたいです。ご心配ありがとうございます。」 「落ちたときに助けを呼べなかったのかい?」 「半分寝ていたようで、あまり覚えてないんです。」 「なのに荷物は持っていたのかい?」 「ええ、大事なものなのでいつも抱えて寝るようにしていた癖がありまして、そのまま抱えていたようです。」 会話、終了2。 ああ、つい、疑う余地すら与えない呼吸の速さで応えてしまった。だって私はまだ彼を信用していない。だから話すわけにはいかない。私がこの世界の人間でないことを。彼が宮廷に近しい人物ならなおさら。 けれど、利用はしなくては。 「あの…2日後までに外出はできませんか?時間が余るようなので本を読みたいのですが。」言外に、街へ買物へ行きたいと言ってみました。ひとまず、情報。そして金。身につけた貴金属を売れば多少なりともどうにかならないか、とは思っているのだけど。 「何か買いたい本でも?」 「いえ、買いたいというか…調べたいというか…」ウリセスには調べたいことがあるということ、そして無一文なことを告白した。 「ならここの図書室を使えば良い。」 は? 「何か特別な書籍か?先週までの新刊なら揃えているが。」ウリセスは不思議な顔をしてこちらを見る。 「図書館…じゃなかった、図書室が、そんな膨大なものがあるんですか!?」聞けば一つのホールまるごとだというから、とんでもない。いや、ここ、一般のー貴族かもしれないーお宅ですよね? いや、しかも先週の新刊まで揃えてるって。 職人がいるよ。図書の職人が絶対に居る。 「じゃあ、お願いします。」経費がかからないのは良いことで。さらに言えばその職人の仕事っぷりを見てみたくなったのだった。 先立つものは大切です。
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