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王子と姫の関係。
誰か。
今すぐ私の目線をどこかへ飛ばしてください。首が動きません。
「………ありがとうございます。」たっぷり10秒は見つめた後、本を手に取った。
そして、そのまま本に目を落とす。
目の前の存在は無視!
無視するんだ!
無視……
「あれ、自己紹介は無し?」涼やかな美声が耳を侵します。
「ご存知でしょうから。」私はとりあえずその存在を視界に入れないよう本を開いた。
ぱたん。
閉じられた。
開いた手をそのまま、上から本を閉じられました。他の手に。
嫌だ。顔を上げたくない。誰か。
「何をされているんです。」ウリセスの声。
ほっとして、そちらを見ると息を切らせたウリセスの姿。
「先に届け物をしただけだ。ヒューザードは五月蝿いな。」涼やかな美声が応える。
「リオ…?」ウリセスがうつむいたままの私にいぶかしむ。
いや、わかってます。おかしい体制だっていうのは。
でも。でも。
超絶美形フラグ…!!
目の前に存在するかもしれないのは、金髪碧眼超絶美麗きらきら王子様なんですよ!!
どうして顔が上げられますか!
上げたら死ぬ。無理。無理だから。
そんな私の気持をものともせず、ぐいっと本ごと引っ張り上げられる。本を掴んでいたので両手で万歳するような格好になる。当然、椅子からも立ち上がり、爪先立ち。
「お初にお目にかかる『黒の術師』殿。エセルバード・イライアス・カヴァンデイル・ミラ・エヴァンジェリアス。お名前を頂戴してもよろしいかな?」目の前に吊り上げられたままサファイアから目が逸らせない。
「リオです、王太子殿下。」後丁寧に、この国の近代史には王族の系譜と写真が載っていた。彼は、この国ーアドイ・ナユの第一王位継承者だ。写真なら綺麗だな、で終わるところが、実物は5割増し強にキラキラしているのだから性質が悪い。
私は本を離して、ウリセスの後ろへ隠れる。防波堤だ。
「おや、嫌われたものだね。」エセルバードはくすりと笑うと本を司書に渡す。
「殿下、参りましょう。」ウリセスが促すとエセルバードはさして私を気に留めることもなく図書室を出て行く。
「一つ、質問です。」私はウリセスに聞く。とても嫌な予感がしながら。ウリセスは視線だけで先を促した。
「王太子殿下は、本を届けに来たわけではないのですよね?」そんなものは、他の者でもできることだ。王宮が管理しているからといって、本一冊をわざわざ彼が届けに来るとは考えにくい。
答えは入り口から返って来た。
「妃候補の容態確認だ。ああ、婚約者と言った方が良いかな?」遠目からもキラキラしている王子様は、そう言ってにやりと笑った。
最悪だ。
王子と晩餐があると言われたが、丁重にお断りし、部屋で軽食を済ませた。
司書さんはヨアキムと言って、何故だか熱い友情で結ばれたような気がする。いつでも出入りして良いと歓迎された。
『黒の総本』は持ち出し禁止の書籍のため、ヨアキム預かりになったが、明日には閲覧できるだろう。
問題は。
私の立場。
これで二日後に黒髪が出なければ処罰の対象にはならないだろうか?まして、黒髪が出てきたとしても、『術』が使えなければ意味が無い。ますます立場が悪くなるのではないだろうか。
ならその前に逃亡するか?できるか?できない。ウリセスは静かだが確かに私を監視している。
だって、この部屋には『鏡』が無いのだ。
そしてもう少し付け加えるなら、『凶器』になり得るものが無い。他殺だろうが自殺だろうが、できないようになっている。
まぁ、実際のところ手鏡を持っているので鏡の問題はないが、思えば持ち物検査もされていない。泳がせて何かを掴もうということだろうか。
入り口には監視は無い。使用人も決められた時間にだけ顔を出す。だけど、何故だろう、何かの信号が私に告げる。
ここには何かがあって、見られているのだと。
パターンとして考えられるのは、結界。ファンタジーではお約束だ。まして、『術師』が何であるかわかった今、用心に越したことはない。
そこでふと思う、ウリセスの髪はそういえば黒だ。ちょっと日に焼けた黒だから、私の黒とは違う。多分。海外で違和感を感じる他国の黒に似ている。
そして瞳は青。単純に考えるなら、水の属性を持つことになる。こちらの染色体はどうなっているのかさっぱりわからないが、少なくとも遺伝は関係なさそうだ。ウリセスの妹は金髪だから。
「王子様がキスをして目覚めてくれれば大団円なんだけどなぁ…」なかなかそうはさせてくれないらしい。
そうして、私は異世界二日目を終えた。残念ながら、思い悩む神経は続かず、熟睡しました。
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