役立たず。

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役立たず。

おはようございます。 良い朝ですね。そうだといいですね。 杉崎璃桜(すぎさきりおう)異世界2日目の朝です。 あれから、ウリセスに何度も私は『黒の術師』ではないと説明したが、当然のごとく聞き入れてはもらえなかった。それ以降、私も口を聞いていない。 なんとなく気まずい馬車で走ること2時間。 そう2時間だよ! 良かったよ… 歩かなくて。無理だから。 そこだけは感謝します。そこだけは!ありがとうウリセス! 馬車で拾われたのが21時頃だったから、それから2時間、とりあえずウリセスの家のような所へ来て、客室をあてがわれた。 遅い時間なので全ては明日ということで。 寝たよ。寝ましたとも。風呂も入らず。いやいいんですよ、あんな時間に風呂に入れて欲しいだなんていえない。シャワーくらいは浴びたかったけど。 手持ちの化粧ポーチからクレンジング剤を出して落とし、汗拭きシートでとりあえず人心地ついたところで、ふわふわベットにジャンプした、ところまでは覚えてます。 美形と狭い空間で緊張せずにいられますか?いられません。私は無理。結婚適齢期過ぎた女が、めったに見ない美形男性と間近でいて、眠れますか?私には無理でした。 故に、屋敷に着いた時には疲れがどっと溜まっていたわ。 要らない会議で疲れるアレに似てる。 馬車の中でひたすら1時間30分くらい馬車の入り口のドアを見つめてた。もう、疲れるの何のって。その間にもウリセスの視線は私にあるからね。これ自意識ではなくて本当に突き刺さってるのがわかるから。どうしろっていうの。 現在時刻6時54分。手持ちの腕時計で確認する。 「…まずいよね。」洗面所があったので顔を洗い、いつもよりは薄化粧をする。休日仕様です。 だってこの先、この化粧品だけしかないのだとしたら、節約しないと無理。現在、無一文だからこちらのコスメを買える日がいつになるかもわからない。 でも、とりあえず日焼け止めだけは大きいボトルで良かったとひしひし思う。 すっぴんに戻れない35歳ですが、何か。 それはともかく、何がまずいかって、この髪。 黒髪ですとは言いましたが、今は蜂蜜色。髪を染める時にブリーチもするわけだから、染めているものを落としたからといって黒髪になるわけじゃない。 嘘をついたと、疑われないだろうか。 黒髪、黒目が手配されていたとして、いつか捕まるのなら最初から探している人の下へ来たのはラッキーだと言える。でも、黒髪であることを証明し、かつ、『黒の術師』とは無関係であることを、どう証明すればいいのか。 「わからない…」私はそのままベットで頭をかかえた。 しばらくすると使用人らしき女性が着替えを持ってきた。さすがに泥塗れーすでに乾いているけれどーで汚れた服でいるのも失礼だと思ったのでおとなしくそれに袖を通した。 ほっとしたのはキラキラしたドレスとかではなかったということ。フレアのワンピースは薄い水色で、首にカラーがついている。良かった。これで襟ぐりの広いものをよこされたらちょっと躊躇しただろう。露出もできる歳ではないので。カラーの下のボタンを留めて袖口のそろいのボタンを留める。 丈は少し長くて、今時こんな長いのを履いている人はいないだろうけど、くるぶし辺りまである。 しまった。昨日のワンピは膝丈ギリギリだった。それをまじまじと見られたのを覚えている。ヨーロッパ系では確か足を露出することは無いのではなかっただろうか? はしたないと思われただろうか。でも既に酒に溺れたことを白状しているのだ、今更かもしれない。 「よくお似合いです。」使用人の女性ー胡桃色の髪にうすい緑の瞳ーはそう言うと私を朝食へと案内した。 朝食にはウリセスも居た。(当然だが) 挨拶をして席につき、食事をする。 ………視線が。視線が。朝から窓の光を背負った美形が私を観察しています。誰か助けて! 私はウリセスの観察する視線を無視して食事を摂った。ちなみに食卓は長いテーブルの上座にウリセス、その左隣に何故か私、という距離感。本当なら私は入り口付近に座るのではないかと思うけど、何も言わないのでそのまま座った。 朝食はすこぶる美味でした。むしろ多いくらい。ふんわりとしたパンと固いパンやチーズ、ベーコンのようなもの、と、まぁホテルの朝食のような内容だったので(普段私は和食派です。)特に問題なく食べることができた。少なくともフォークやナイフは存在したので、それなりに文明としては確定されているのかもしれない。ナイフやフォークが定着してから流行病とかも減ったと記憶しているから。 朝食が終わると優雅に紅茶らしきものが運ばれてきました。紅茶は好きなので大歓迎。 「リオ、この後会ってもらいたい人物が居る。それまで別室で待機してくれないか。」ウリセスにそう言われ私は頷く。ついでに誰に会うのかと聞けば、少し考えた後『宮廷術師』だという。 何それ。 ウリセスが言うにはその『宮廷術師』が私を『黒の術師』かどうか判断するそうだ。そうか良かった。これで髪が黒くなくてもどうにかなりそうだ。 私は暢気にそんなことを思い朝食の部屋を後にした。 「駄目ですね。」 そんなことはわかっていたけれど、他人から言われるとこうも凹むものなのか、と再確認し、この言葉は部下には使わないようにしよう、と認識を新たにした。 「だいたい、何でそんな色の髪なんです、落としてないんですか。」ずけずけと人に文句を言う男は、薄いグリーンの髪に黄色い瞳の『宮廷術師』。 薄いグリーンの髪が目に入った瞬間、私の中の異世界レベルは確定されたのだけど、それにしても酷いことを言う。 「普通に落としても黒くはなりません。最初に色をぬいて、その後染めたので。黒くするには黒を塗りなおすか、生えてくるのを待つだけです。ですから、私は無関係ですと申し上げました。」 どうにも、この宮廷術師が言うには私には魔力が無いのだという。 当たり前だ、どこの世界に魔力のある日本人がいるか。 ウリセスも立ち会っていたので、今度は彼にも言う。 「もう良いでしょうか。私は『術師』ではありませんので、解放してください。」 「いや、ではリオの髪が伸びるまでこちらへ留まってもらう。」ウリセスが言う。 「髪が伸びるまでって、そんな悠長なこと言ってられないでしょ、何言ってんだ。」そう術師は言うと少し考える。 まてまてまて。髪が伸びるまでって、普通1日に平均0.3ミリ伸びたとして3センチ伸びるまでに100日はかかるよ!?その間、妹どうするつもり!? という私の心の叫びを正確に受け取ってくれたのが『宮廷術師』。まぁ宮廷なんてついてる時点で、ここが王政なんだろうなぁと思えてちょっと嫌な感じ。 私は中世ヨーロッパに行きたいとは絶対に思わないから。治安は悪いし治水も悪いし、衛生が悪いから流行病は広がるし、最悪な場所だなと。飛ばされるなら別の場所が良いと思っていた。まぁ、まだここがそれほど最悪かどうかはわからないけれど。 「2日待て。丁度大臣から言われてた『毛生え薬』が完成しそうだ。それをリオで試そう。」と『宮廷術師』は言った。 そう言うとウリセスも少し考えて了承した。すると一度私を見てから部屋を出て行く。 思わず目をそらした先に『宮廷術師』。 「お前、役立たずだな。」侮蔑をこめた目で見られたのは初めてかもしれない。そう、この男は私を疑っている。 そりゃそうだ。どうして夜に拾った女が探している者であると思うのか。そこまで追い詰められていたのか、ウリセスは。 どうせ、ウリセスに近づいた馬鹿な女だと思われているのだろう。こんな歳でそんな真似するか馬鹿。2日後に証明した暁にはこの男に必ず何か言い返してやりたい、そう思いながらも黙ることしかできなかった。 ウリセスの縋るような目を覚えていて。
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