入院

1/1
333人が本棚に入れています
本棚に追加
/87ページ

入院

翌日、私は朝から妻の入院荷物をまとめていた。 タオル、着替え、洗面具、暇つぶしの本・・・ 中でも一番苦労したのは下着だった。 妻はムダに派手な下着が多かった。 無地の白が1枚あっただろうか、とにかく入院中に着用すべき下着ではないものばかりだった。 全ての衣装ケースを開け、全ての下着を1枚ずつ念入りに確認した。 私はこの時31歳。 確かに今までの人生で、何度か女性の下着を見た事はあるが、ここまで真剣にまじまじと見た事は初めてだった。 だが、残念ながら興奮する事もなく、ある意味で作業のように妻の下着を確認していた。 妻の荷物をまとめ、家を出るのは昼の12時頃だった。 病院に着き、総合案内に向かった。 妻は昨夜、緊急搬送センターで夜を過ごし、今朝病棟に移ると聞いていたので、病棟を確認しないと妻がどこにいるのか分からない。 『すみません。昨日の夜に搬送されて今朝病棟に移るって聞いたので、部屋を知りたいのですが』 名前を告げ確認をしてもらうと、8階の脳外科病棟だと分かった。 エレベーターに乗り、8階で降りるとナースステーションには寄らず、ネームプレートで妻の名前を探す。 ナースステーションで聞いたところで、同じようにネームプレートを見るわけで、それなら自力で探そうと思った。 妻の名前を見つけ、部屋を覗くと4人部屋だった。 部屋に入ると左奥のベッドに妻がいた。 この病院は建て替えて数年経っているが、病室のどのベッドにも窓がついていた。 妻に荷物を渡し、どんな様子か尋ねてみた。すると妻は 『昨日よりは良いよ。でもまさか入院になるとはね~。びっくりさせてゴメンよ!』 と笑って、あっけらかんとして言う。 私も妻もどちらかというと、楽天家というべきか、あまり深く落ち込む事が少ない。 妻は「なってしまったものは仕方ない」くらいにしか思ってなかったようだ。 少し妻と話をしていると、主治医が部屋にやってきた。 軽く挨拶をして、脳腫瘍の簡単な説明を聞いた。 が、話の内容の半分くらいしか私には入ってこなかった。 もちろん、主治医は私でもわかるように、専門用語も使わず、わかりやすいように砕いて話をしてくれた。 それでも私の耳には半分程度しか入ってこなかった。 残酷な知らせがあった訳でもない。手遅れだった訳でもない。話が分からない訳でもない。日本語できちんと話してくれた。 ただこの主治医、顔が濃い。 東南アジア出身だと言われたら納得するほどの、その顔のインパクト。 私は主治医の顔に目を奪われ、全然話が入ってこなかった。 妻が脳腫瘍で入院したばかりだというのに、なんとも不謹慎な私である。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!