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入院
翌日、私は朝から妻の入院荷物をまとめていた。
タオル、着替え、洗面具、暇つぶしの本・・・
中でも一番苦労したのは下着だった。
妻はムダに派手な下着が多かった。
無地の白が1枚あっただろうか、とにかく入院中に着用すべき下着ではないものばかりだった。
全ての衣装ケースを開け、全ての下着を1枚ずつ念入りに確認した。
私はこの時31歳。
確かに今までの人生で、何度か女性の下着を見た事はあるが、ここまで真剣にまじまじと見た事は初めてだった。
だが、残念ながら興奮する事もなく、ある意味で作業のように妻の下着を確認していた。
妻の荷物をまとめ、家を出るのは昼の12時頃だった。
病院に着き、総合案内に向かった。
妻は昨夜、緊急搬送センターで夜を過ごし、今朝病棟に移ると聞いていたので、病棟を確認しないと妻がどこにいるのか分からない。
『すみません。昨日の夜に搬送されて今朝病棟に移るって聞いたので、部屋を知りたいのですが』
名前を告げ確認をしてもらうと、8階の脳外科病棟だと分かった。
エレベーターに乗り、8階で降りるとナースステーションには寄らず、ネームプレートで妻の名前を探す。
ナースステーションで聞いたところで、同じようにネームプレートを見るわけで、それなら自力で探そうと思った。
妻の名前を見つけ、部屋を覗くと4人部屋だった。
部屋に入ると左奥のベッドに妻がいた。
この病院は建て替えて数年経っているが、病室のどのベッドにも窓がついていた。
妻に荷物を渡し、どんな様子か尋ねてみた。すると妻は
『昨日よりは良いよ。でもまさか入院になるとはね~。びっくりさせてゴメンよ!』
と笑って、あっけらかんとして言う。
私も妻もどちらかというと、楽天家というべきか、あまり深く落ち込む事が少ない。
妻は「なってしまったものは仕方ない」くらいにしか思ってなかったようだ。
少し妻と話をしていると、主治医が部屋にやってきた。
軽く挨拶をして、脳腫瘍の簡単な説明を聞いた。
が、話の内容の半分くらいしか私には入ってこなかった。
もちろん、主治医は私でもわかるように、専門用語も使わず、わかりやすいように砕いて話をしてくれた。
それでも私の耳には半分程度しか入ってこなかった。
残酷な知らせがあった訳でもない。手遅れだった訳でもない。話が分からない訳でもない。日本語できちんと話してくれた。
ただこの主治医、顔が濃い。
東南アジア出身だと言われたら納得するほどの、その顔のインパクト。
私は主治医の顔に目を奪われ、全然話が入ってこなかった。
妻が脳腫瘍で入院したばかりだというのに、なんとも不謹慎な私である。
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