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王都ルベルターザの斜陽
―Ⅰ―
翌朝、弁当を持たせてもらい、ナラカたちは北へ向かった。
途中、遠くにいくつかバラガはあったが、立ち寄ることはなく、昼は手早く食事を済ませると、1時間ほど進んで、一度だけ小さな村に立ち寄った。
馬を休ませ、井戸の水を汲ませてもらい、礼を言って先に進む。
そこからは、立ち寄ることのできるところもなく、陽が落ちて、薄暗くなって来た頃、ようやくひとつの大きな町に着いた。
シャランナと言うこの町は、国王直轄地だが、統治を任されているベディエ公の力が強く、独自の発展をしている。
高く厚い立派な壁は、完成以来不落を誇り、見る者を威圧した。
街の中心にほど近い区域には、上等な宿がいくつかあり、セニはなかでも一際洗練された宿に入った。
「さて、ここで身なりを整える。ここからの移動は馬車だ」
セニの言葉に頷き、通された部屋は、二間ある、そこそこ良い部屋だった。
セニと宿の女主が共に入り、寝室に置かれた衣装箱を示した。
「ご指定の衣装は、そちらの箱です」
女主の言葉に頷いて、セニがナラカを見た。
「こちらで服を着替えてくれ。裕福な商家の娘と思える服だ。城には、俺がアルシュファイドの商人の1人として入るので、君は俺の商売を手伝う従妹、ヤトはその護衛という設定だ」
「着替えた服は、こちらで預かります。衣装箱の上に置いていてくだされば、洗って、またお泊まりの時に、同じところに戻しておきますので」
ナラカは、セニに承知して頷き、女主には、お願いするわと返した。
「明日は丸一日、このシャランナに滞在する。行商の一団を作るから、少し待ってくれ。あと、明日は、前に言った騎士たちと合流する。俺とは、謁見のあと、別れることになる」
ナラカはセニを見上げた。
「分かったわ。色々と、ありがとう」
「いや。まあ、どういたしまして。さて、ヤト。お前にも服を変えてもらう」
そう言いながら、セニとほかの者たちが部屋を出て行き、ナラカは、ほっと息を吐いた。
王都には近付いたが、明日一日、ゆっくりとした時間が持てる。
ふと窓の外を見ると、これまで見た、どの景色とも違う、町の明かりが夜空の星のようにきらめいていた。
「こんな町もあるのね…」
何気なく呟いて、まずは旅装を解くことだと気付く。
先に示された衣装箱を開くと、少し変わった意匠の服ばかりと見えた。
目立つのではないかと眉根を寄せたが、もしかしたら、異国からの商人という印象付けのためかもしれない。
それに、よく見比べれば、基本的な構造は同じなので、違和感は与えるだろうが、目立つというほどのことはない。
納得して、服を一式持ち、備え付けの浴室に入った。
浴槽には、すでに湯が張ってあり、ふたつある水口には、目立つ注意書きで、熱湯口と冷水口が隣り合っていることが示されていた。
手桶を下に置いて、試しにちょろちょろと出してみると、熱湯口からはすぐに、熱い湯が出てきた。
そこまで確かめると、脱衣区画で服を脱ぎ、体を洗って湯に浸かる。
オルレアノ王国では、蒸気浴が主流なのだが、ナラカが育ったムラでは、週に一度、湯に入る習慣があり、ナラカは、この時間が好きだった。
順番なので、短いものだったけれど、このときは仲良しの少女と2人だけになれて、隣り合う浴槽から星空を眺められるのだ。
目を閉じて、あの星空を思い起こし、心が落ち着くのを感じる。
明日は、この町を見て回ろうか。
不意にそう思い付き、ナラカは心を決めて頷いた。
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