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―Ⅱ―
翌日、ナラカたちは、シャランナの店が並ぶ通りを歩いていた。
ヤトと2人でいいと言ったのだが、セニも付いてきて、並んでいる品について、あれこれと説明してくれる。
セニは驚くほど物知りで、そこにあるものだけではなく、ほかの町や異国にあるものを引き合いに出して、ナラカに多くの視点を教えてくれた。
例えば、魚の干物ひとつ取っても、この辺りではこのような手法、あの辺りではそもそも干物は作らない、また別の辺りでは干物ではなく熟成という方法が採られているなど、その理由も含め、詳細に聞かせてくれる。
それらを興味深く聞きながら歩くと、やがて昼になり、なんとなく目が留まった食堂に入った。
シャランナの料理は、ムラ育ちのナラカには、贅沢に見えた。
まず、彩りが豊富なのだ。
それらは多く植物で、どこから得ているのだろうと呟くと、この町の北側に野菜農園があるのだと教えてくれた。
「この町を実質統治しているベディエ公は、代々有能でな。古くから町を管理して、シャランナ壁内だけで食べていけるようにしているんだ。だからこの町には、食べ物が近隣よりずっと多い」
「分け与えないの?」
「無償というわけにはいかないな。豊富にあるからといって、苦労がないわけではないんだから」
「そうか、そうね…」
「昼からは、そちらを見に行くか?」
「見られるの?」
「ああ。植物を育てるところなどは、移動生活では見たことがないんじゃないか?」
「ええ。見たいわ」
「じゃあ行こう」
そういうことで、3人は、食事を終えると、北に向かうため、そちらに行くと言う者に頼んで、荷馬車に乗せてもらった。
1時間ほどもすると、目的地に近いところに着き、荷馬車の主に礼金を渡して、ナラカたちは、遠くに見える家屋に向かって歩いた。
そちらに近付くと、ちょうど収穫作業をしていた、伉儷と思われる男女の農民に会い、ナラカたちは、少しだけ手伝いをさせてもらった。
草原の土と、畑の土の違いを知り、虫の接近を防いだり、取り付いた場合の除去の仕方を聞き、彼らの苦労の一端に触れた。
別れ際に礼を言って、改めて周囲を見渡すと、草原のように、自然に育まれるものとは違う、人の努力というものを感じられた。
帰りは、セニが先に手配した荷馬車が来てくれ、宿まで戻った。
玄関広間に入ると、宿の女主と話していた客たちが立ち上がり、彼女の紹介で、これから同行する、アルシュファイド王国の騎士たちだと知った。
3人とも、服装は、周囲に溶け込みやすいものだったが、ぴんと伸びた背筋や立ち居振舞いは、これまで見た、どの者の所作とも違って、ナラカは、ああ、これが騎士というものかと思った。
挨拶を終えた一同は、セニに促されて彼の部屋へと行き、今後の予定を確かめることにした。
一間だが、広めの部屋の中には、寝台のほかに机がひとつと、それを囲む3脚の椅子があり、セニと、ナラカと、赤毛の女騎士メニエキエラ・アンバーチェイン…キエラが座り、男騎士のカグ・レナードとホルター・メッシェイド、そしてヤトが近くに立った。
セニは広げた経路地図…より正確な距離とその移動に要する時間が判りやすい地図の上で、現在地を指差して、経路をなぞった。
「まず、明日は、俺とナラカとキエラが馬車に乗る。ヤトたちは荷馬車か馬に乗ってくれ。キエラはナラカ付きの教師としよう。昼休憩の場所はここ。夕方、ルベルターザに着く。翌日、朝のうちに謁見が叶う予定だ。謁見の間には俺とナラカとヤトで行く。あと荷持ちな」
「大丈夫か」
ホルターが聞くと、セニは、ま、なんとかなるさと言った。
「いつでも逃げ出せる準備をしていてくれ。何事もなければ、この日はルベルターザに泊まって、翌日、アルシュファイドに向けて発つ。俺はまた、このシャランナの町まで戻るから、ここまでは同行するが、その先はキエラたちに頼む。手配の方は、済ませておく」
キエラが頷いて、ありがとうと言った。
「よろしく頼む。船まで?」
「ああ、そうするつもりだ。アルシュファイド船籍の船を選ぶから、フレル港で調整のために、少し留まることになるかもしれない」
「了解した。陸路は、安全な道を選んでくれるのか」
「ああ。まあ、そう思われる道としか言えないんだがな」
その言い方に、キエラは眉をひそめた。
「こちらは、そんなにも危険なのか」
「部族抗争が激化したのは最近だ。帰りは馬車移動をと考えているが、もしかして、目を付けられやすいかもしれないから、場合によっては馬での移動を選択してくれ」
「分かった。前日に酒場で噂を拾うぐらいしかできないが…」
「充分さ。あと、宿泊場所を提供してくれる者たちが、教えてくれるだろう」
「助かる。変更が生じた場合は、どうしたらいい」
「帰りは、部族のバラガは避けて、固定住居の町や村を選ぶから、変更が生じたときにその旨を先方に伝えてくれ。移動住居ではないから、たぶん対応してくれる。できなければ、俺の方で心当たりを探すから、伝達をくれ。君らをこちらに送った者が近いなら、そっちがいいかもしれないが」
「分かった、では、その時は頼む。こんなところか?」
「ああ。宿泊場所はどこも安全だから、夜は眠ってくれていいぞ」
「そうか、助かる。では改めて、これからよろしく、セニ。ナラカ様、アルシュファイドに到着するまで、こちらの名で通してよいでしょうか」
「ええ、そうして」
「承知しました。ヤト、よろしく頼む。ナラカ様の側には常に君がいることを頭に置いておくから、私たちの配置は、それより一歩引くことになる。対応できるか」
ヤトは幼馴染みだが、5年前のあのときから、ナラカの護衛として過ごしてきている。
「ああ、よろしく頼む」
キエラは頷いて、席を立った。
「それじゃ、部屋に戻らせてもらう。また夕食で」
その言葉を合図に、一同は分かれた。
宛てがわれた部屋に戻ったナラカは、窓の外の夕闇の落ちる街路に目をやって、そっと息を吐いた。
明日、王都に戻る。
5年前の夜のことが、胸に戻ってくる気がする。
ナラカは時計を見て、まだ時間があることを確かめると、長椅子に腰を沈めて、目を閉じた。
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