王都ルベルターザの斜陽

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       ―Ⅲ―    翌朝(よくあさ)、事前に話された通り、ナラカはセニとキエラとひとつの客車に同乗した。 この一団は、1台の客車と2台の荷車を守る騎馬の者たちが、幾人か周りを囲む形だ。 紹介された騎士以外の者たちのことは、セニに任せてしまっているが、荷持ち兼馭者と、護衛の者たちが数人いる。 「彼らは、どこで別れるの」 客車内で聞くと、セニは少し首を傾けた。 「ん?騎士以外の護衛たち…か?」 「ええ、そう」 「彼らは、俺と同じで、シャランナに戻るまでだ。そこからは、客車には君とキエラが乗り、馭者は騎士のどちらかが務めて、ヤトともう1人が騎馬で並走するといいだろう」 「私、馬でも構わないわ」 「まあ、部族で育ったんだから、騎馬には慣れてるんだろうが、道のりが長いから、使えるものは使うといい」 「…分かった」 「部族と言うと、遊牧民か?」 キエラの問いに、セニは頷いた。 「そうだ。ほとんどの土地は、部族ごとの所領になっていて、そのなかにぽつぽつ固定住居の村がある。村の者は、遊牧民には得られない植物を育てて収穫し、そのうちのいくらかを部族に渡して、村を守ってもらう」 「そうなのか。じゃあ、私らが来るときに立ち寄った村の者は、部族ではなく?」 「ああ。彼らは部族と共存するだけで、村の者、と区別して呼ばれる。あとは街の者、シャランナほど大きな町に住む者は、シャランナの者と呼ばれる。王都はまた少し違って、壁内部族と呼ばれる。まあ、これは少し、遊牧を捨てた民という、(さげす)みが混じっているんだが」 「その…、王都の者は嫌われているのか」 キエラはそれとなくナラカの様子を窺ったが、気に掛けることはないようだった。 「まあ、はっきり言えばそうだ。王都が建つ土地には、大きな水場と、食物がよく実る土地、そして建国当初は彩石溜まりがあったという言い伝えだ」 「へえ?」 「今は彩石はないが、水は清涼かつ豊かで、食料としての植物が、多く収穫できる。近隣の部族は、まず飲料水がなく、王都の壁の内と違って食料が得にくいからな、妬みがあるんだ」 「ふうん…。それで力を持って、王として立った?」 「そんなところだ。ほかを従えるには、彩石が使われたのだろう。今はそれがないから、従わせることができないでいる」 ナラカはセニを見た。 「それでも統治するのが王ではないの」 「そうだな。オルレアノ王家は、もうかなり前から、その統治する力を失っていると言っていい。現国王の力不足とは言えない」 ナラカは、睨むような目をした。 「そう?!」 「ああ。数代前から、ほかを従わせるのに、彩石ではなく、金目の物をばらまき始めたということだ。そんな状態で、先の国王は、自分のために散財した。もう、王家に、それほど強い財力はないのだろう」 「財力だけが、力なの!?」 「ほかの国ではそうではないが、少なくともこの国の現国王には、別の力を発現している様子はない。オルレアノ王国がなくなると言うよりは、ルベルターザ王家が滅ぶと言った方が近いのだろうな。今後、王都を統べる者が、ルベルターザの(あるじ)となるだろう。だが、その者も、才覚がなければ、限られた土地の、ただの地主でしかない。やはり、この国は、王国とは呼べなくなるのだろう」 「………」 ナラカは、口をつぐんだ。 才覚。 王として振る舞える、その力を、自分は持っているかと自問すれば、それはないと言わざるを得ない。 それなのに、ほかの者を責めることができるだろうか。 ナラカは唇を軽く噛んで、窓の外を見た。 草原(そうげん)が続く。 オルレアノ王国は、近隣の土地より少し高くなっているため、気温が低めだ。 馬車内も少し寒いが、ナラカは、外の冷たい風を頬に受けたいと思った。 やり場のない怒りで火照った頬が熱い。 「今、この国をまとめようと思うなら、財力以外の何かを、示すしかないだろう。だが、まず、国としてまとめる必要があるかどうかから、考え直した方がいいんじゃないか?もともと、この国の部族は、それぞれで好きに生きている。最初からこの国では、統治と言うより、彩石のもたらす、そのものの力や、変動することのない値段で(かね)に換えられるという価値により、部族間の抗争の鎮静化を図ってきただけだ」 「統治、ではない…」 「結果として、それが全体の統治となっていたんだ。オルレアノ全域が平穏になり、国として、近隣の国から認められ、国境を保つことに成功し、個人はもとより、部族でも行えない、大きな取引ができるようになった。それは紛れもない、初代国王の功績だ」 セニは続けた。 「この国は今、そのあるべき姿を考える時期に来ているのだろう。このままであれば、近いうちにこの国は、国としての形を失う。その前に、現国王に会うことは、君のこれからを考えるには、必要なことなんだろう」 ナラカはセニを見た。 セニはその視線を受けて、ナラカを見返した。 「素性を明かして、また明かさなくても、言葉を交わすことはできないかもしれない。だがとにかく、会ってみよう。君にとっては、それからでしか、何事も動かせないんだろうから」 ナラカは、すっと息を吸った。 セニは続けた。 「だが忘れるな。君を待つ者がいること。そして彼がまだ、幼いということ。君だけが彼にとって、ただ1人の身内なのだということ」 ナラカは、心が震えるのを感じた。 勘違いしてはいけない。 けれど、ほかに解釈のしようがあるだろうか? 「あなた、は…、私のために、王都に向かってくれることにしたの…。私の心を決める、ただそれだけのために」 セニは表情を和らげて、ナラカを見つめた。 「俺の判断で自由にできることだからな、その程度の望みは叶えられる。(かね)の心配はしなくていい、国から出せる範囲だからな」 ナラカは、視線を伏せて、一息呑み込んだ。 そのまま、小さな声ではあったけれど、しっかりと発した。 「ありがとう」 セニは笑顔を見せて、どういたしましてと答えた。
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