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2.宴
宴は案の定退屈なものだった。秋月の家に連なる女達が集い、呑み食いし、しゃべる。その隅でその夫や息子達が小さくなっている。いつもと同じだ。
優性遺伝なのだろうか、秋月の女達は誰もが皆似通っている。かく言うわたしも、姉とそっくりだ。秋月の家系は美女を生む家系らしく、その辺りの女優などよりわたしの叔母辺りの方がずっと整った顔をしている。だが、いくら美女でも同じような顔が何人もいれば異様なだけだ。
「あら、美恵ちゃん」
当の叔母がにこやかに微笑んで声をかけて来た。
「この度は、おめでとうございます」
「ありがとうございます、叔母様」
わたしは作り笑顔で応えた。このくらいの芸当は出来るのだ。
「いよいよ来年ね、美恵ちゃんも。楽しみだわ、あなたも綺麗になったから」
「そ……そうですか?」
楽しみとはどういうことだろう?
叔母は私の頭をそっと撫でた。小さい子供にするように。
「本当に、あなたはどんな……になるかしら……」
今、この人はなんと言った? よく聞こえなかったが──どういうわけか、訊き返す気にはならなかった。訊いてはいけない。本能的にそう感じたのだ。
叔母はにっこり笑って、宴の輪に戻って行った。
退屈な宴は続く。いつまでも、いつまでも。わたしはその場にいるのも飽きてしまい、そっと宴を抜け出した。廊下で一人きりになって、やっとわたしは一息ついた。あそこは息が詰まる。
「よぉ、美恵子じゃねえか」
柄の悪い声がした。どうやら、抜け出したのはわたし一人ではなかったらしい。高そうなスーツをだらしなく着崩した二十歳そこそこの男が、へらへら笑いながら近寄って来る。またいとこに当たる修司だ。外見通りの男である。
「おまえも抜け出して来たのか。そうだよなぁ、たかだか多恵子一人にバカバカしいよな」
酒臭い息を吐きながら、修司はやたらとなれなれしく話しかけて来た。宴を抜け出したら抜け出したで、こんな男に絡まれるとは。ついていない。わたしはこの男を無視し、立ち去ろうとした。
「だがよ、美恵子。おまえはまだ知らされちゃいねえのかも知れねえが──これはな、この家のしきたりなんだぜ。だから来年はおまえがこの莫迦騒ぎの主役ってわけだ」
しきたり。その言葉が妙に気になって、わたしは足を止めた。
「どういうこと?」
訊き返すと、修司はにやりと笑った。
「教えてやるよ。それはな、」
不意に腕をつかまれ、ぐい、と引かれる。そのままわたしは近くにあった空き部屋に引きずり込まれた。乱暴に畳の上に投げ出される。
「何すんのよ!」
「どいつもこいつもまだ莫迦騒ぎしてるさ。誰も来やしねえよ」
修司は後ろ手に障子を閉めた。わたしは言い知れぬ恐怖を感じた。初めてこの男を怖いと思った。修司はわたしの顔を見て、皮肉っぽく笑った。
「おまえも所詮は秋月に生まれた女だよ。無意識のうちに男を見下してるんだ。だからよ──身体に教えてやるぜ」
ネクタイを外す。
「幸い、おまえはまだ秋月の女になってねえ。今のうちだったら、恐れることはねえってわけだ」
まだ秋月の女になっていない。修司は確かにそう言った。しかし、今のわたしに疑問を感じている余裕などなかった。男が迫って来る。
「嫌……来ないで!」
「二度と取り澄ました顔が出来ないようにしてやるぜ」
逃げようとした。だが、その前に手首を捕らえられていた。押し倒される。わたしは力の限り暴れたが、男の力の前には無力だった。
「放して! 誰か! 来て!」
「誰も来やしねえって言ったろ」
服のボタンがはじけ飛ぶ。もはや半ば無駄だと思いつつ、わたしはなおも抵抗を続けていた。
──愚か、なり。
誰かの──声がした。
「な、なに?」
聞こえたのはわたしだけではなかったらしい。修司もきょろきょろと辺りを見まわしている。だが、遠く宴の物音が聞こえて来る程度で、その場にはわたしと修司以外の気配はしなかった。
「き……気のせいか?」
……違う。確かに聞こえた。それに──視線を感じる。誰かが、わたし達を見ている。
──秋月の女は「なる」ものに非ず。
──秋月の女は生まれついて是なり。
──あさましきかな、己が不遇なるは己が招きし運命であるに。
──女を辱めることで憂さを晴らさんとは、愚かな男よ。
さわさわと、囁くように。声だけが空間を舞う。
「だ、誰だ! 出て来やがれ!」
修司が叫んだ。
──見たいか、男。我が姿を。
──されば、姿を現さん。
障子の向こうに、長い髪の影が見えた。
……瞬間、わたしの意識はすっと薄れた。
気がつけば、自分の部屋にいた。どうなったのかは判らない。戻ってみれば宴はあらかた終わっていて、修司の姿はなかった。逃げるように帰って行ったらしい。それから修司とは会っていないので、具体的に何が起こったのかは判らずじまいだ。
あの影は何だったのだろう? だが、修司と会って訊く気にはなれなかった。顔を合わせる気にすらなれない。
きっと、誰か他に宴を抜け出して来た親戚がいたのだ。そう思うことで、わたしは何とか自分を納得させた。
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