4.生成

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4.生成

 部屋の中はべったりとした闇に覆われていた。  わたしはその中に、そろそろと足を踏み入れた。この向こうに“あの方”がいると言うなら、会わなければならない。  闇は果てしなく広がっている。この部屋は……こんなに広かったろうか。外からだと、ほんの四畳半程度にしか見えなかったのに。濃すぎる闇には、いつまでも目が慣れることはなかった。そのうち、わたし自身も闇と同化してしまいそうだ。   ──美恵子。  不意に、名が呼ばれた。わたしは漆黒に覆われた空間を見回した。声に覚えがある。あの時……障子の向こうに見えた影。あの時の。   ──待っていたぞ。おまえがここへ来るのを。  ポゥ、と青白い光が灯った。蛍火のような淡い光を身にまとうように、一人の女の姿が現れた。わたしの母に──姉に──叔母に──秋月の女達によく似た、美しい顔。その顔を見た時、わたしには判った。この人物が誰なのか。   ──如何にも。  彼女は笑った。わたしの心を読んだかのごとく。   ──我こそは初代の“秋月”也。  女は高らかに宣言した。  自分の身体が震えるのが判った。彼女こそが一番最初に“鬼”と化した、秋月の女。ここはまさしく封印の間だったのだ。彼女を現世に封じるための。ならば……秋月の女達がああなったのは、彼女の仕業なのか。   ──違うな。我がここに居るは、民が我を必要とした故。   ──鬼の霊力なくば、秋月もこの土地も、今日まで続いてはおらぬよ。 「だから……みんなを鬼にしたの?」  ずき。頭が痛い。彼女に会った時から。いや、この部屋に入った時から。   ──あの時も言っただろう。秋月の女は鬼に“なる”のではない。   ──生まれながら、秋月の女は鬼の運命を負っているのだ。   ──それはおまえも例外ではないぞ、美恵子。  何かが……わたしの内から外に出て行こうとしている。頭が痛い。割れるように。痛みは頭全体から徐々に額の一点に集中して行く。 「ああああ!」  激痛に、わたしは絶叫した。   ──秋月の女は、生まれながらに角を持っているのだ。   ──時が満ちた今、それが表に現れる。  ついに額が裂けた。血がだらだらと流れ、わたしの顔を伝い落ちた。そして裂けた額からは、固く鋭い角が一本、生えていた。  わたしは悲鳴を上げた。 「いやああああああっ!」  嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。わたしは鬼になりたくない。霊力も秋月の家もいらない。わたしは普通の女の子として暮らしたいだけなのに。恐れられたり避けられたりされたくないだけなのに! 「いらない! こんなのいらない! いらないよおっ!」  泣いていることすら気付かなかった。ただいらない、と叫びつづけていた。  わたしは、──多分錯乱していたのだろう、──自分の角に手をかけた。まだ生えて来たばかりの角は案外と柔らかいように感じた。これなら。わたしは角に両手をかけ、力を込めた。  角はあっけなく根元から折れた。  再び額から血が流れて来たが、そんなことは気にならなかった。 「いらないから! こんなものいらないから! だから返す、これ!」  わたしは手の中のものを女に向かって投げつけた。蛍火のような燐光がふっと消えた。同時にわたしの意識も薄れて行った。気を失う寸前、女の言葉を聞いた気がした。   ──惜しいな、美恵子。   ──おまえの霊力であれば、秋月の当主も勤まったものを。  わたしは闇の中に沈んで行った。
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