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「はーい、私のお家に到着ぅ」
少年は溜息を付きながら、そこが一般的な1Rのアパートであることを意外に感じた。
「どうぞ、上がっちゃってください。
あ、服濡れてますよね。シャワー浴びます? バスタイムにします? それともお・風・呂?」
「……シャワーを使わせてくれたらありがたいが」
「ああー、今のは突っ込みどころですぅ」
少年は妙なテンションに気圧されながらも、彼女から悪意が感じられないことに安堵していた。少女の行動は極めて奇妙だが、この状況は僥倖以外の何物でもなかった。
シャワーを浴び終えると、清潔なバスタオルで体を拭く。
負った傷を確認するとほとんど塞がっていた。エルフ族の血が混ざるせいか、少年も高い再生能力を有していた。まだ立ち眩みはするが明日には問題ないだろう、と息を吐く。
シャワーの間、使わせてもらった乾燥機から自分の服を取り出し、袖を通す。少年は温風の名残を肌に感じながら、居住空間に対し乾燥機の存在はいささか不自然であるという印象を抱いた。
(屋外に干さないのか……あるいは干せないのか?)
夜鬼が日光を好まず、夜行性であることは知られている。しかしもしかすると、少年の理解よりもずっと、夜鬼にとって日光は致命的な弱点なのかもしれない。仮説の段階でしかないが、依頼主への報告事項に追加しようと決めた。
それは少女への恩を仇で返す行為なのかもしれない。少年は心苦しさを抱いた。しかしそれが自分の仕事なのだ、と首を振った。
雑念を取り払うように深く息を吐いて、少女が待つ部屋へと戻った。
少女に勧められてテーブルに着くと、温かい紅茶に口をつけた。
「なあ、ドューカス少尉」
少女の部下が口にしていた名で呼ぶと、しかし彼女は人差し指を振って拒絶する。
「”まーちゃん”と呼んで頂けますかぁ?」
少年は露骨に嫌な顔をした。
「あんた……名前は何て言うんだ」
「マルス・ドューカスですぅ。でも名も姓も好きじゃなくてぇ、ぜひ”まーちゃん”と呼んで下さい」
「マルス、あんたって名家の出身なんだよな。その割にずいぶんと質素な暮らしをしているんだな」
「無視! ひどいですぅ」
少年はもだえるマルスをよそに、部屋を見渡した。
しばらくして嘘泣きをやめたマルスは、優雅に紅茶を飲みながら語った。
「確かにドューカス家は夜鬼の名家ですぅ。私の兄や姉は豪邸の住人なのですよ」
「あんたは違うのか?」
「実家とは縁を切っていますぅ」
「何で」
「私ぃ、一応尉官なんですけどあまり人望がなくてぇ。どうも実家のコネクションだと思われてるみたいなんですよねぇ」
ああ、と少年は部下の様子を思い出して、得心した。
「それで実家と絶縁したら少しは、って思ったんですけどぉ、あまり意味無かったみたいでぇ」
「難しい話だな」
ですよねぇ、と少女は身を乗り出すと話に熱が入った。
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