金の延べ棒

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金の延べ棒

 宮崎の話はこうだ。  半年ほど前に、一人で赤提灯のカウンターで呑んでたら、隣の男に話しかけられた。  お互いに一人で呑んでる同士で、なんとなく世間話しを交わすうちに、「あんた信用できそうだから話すけど……」と、隣の男が、顔を寄せてきた。  その石倉と名乗る、自称経営コンサルの男は、ときどき、表に出せない金の相談を持ちかけられるという。  十億二十億ていどの資産を持つ連中は、じつはごろごろいて、資産が増えるほど、もっと増やしたくなるらしい。そういった連中が、石倉の顧客とのことだ。  石倉はパナマ文書を例に挙げて、脱税の手引きをした話などを披露した。社会の裏側を覗いてるようで、宮崎は魅きこまれた。  一時間ほど経ったところで、石倉は宮崎の方に椅子を引き寄せ、ぼそっといった。 「表で流通できない(きん)があって、俺はその洗浄してるんだ」  はじめは宮崎も、暇つぶしに面白半分で聞いていた。 「M資金てのがあって、GHQが日本の資産家から没収した金品なんだけど、そこから裏に流れた金塊が大量にあるんだ」  声を潜める石倉につられて、宮崎もつい声を落とす。 「その、M資金って有名なんですか?」 「ああ、知ってる奴は知ってる。ただ、眉唾(まゆつば)だと思ってるやつがほとんどだろうな……ところが、実際にある」  石倉は足下のアタッシュケースをばちんと開き、一枚の写真を取り出すと、カウンターに置く。  宮崎が裏返すと、ピラミッドみたいに山積みの金の延べ棒が写っている。眩しい輝きを放つ金ではなく、鈍くまばらな光に妙なリアリティがあった。  宮崎は思わず、後ろの客から隠すように、写真を引き寄せる。 「これで、幾らだと思う?」 「……検討つかないです。わかんないす」 「ざっと、十三億。これ一本が四千五百万……」 石倉は涼しい顔でこともなげにいう。  金額には驚いたが、宮崎もすぐに信用するほど馬鹿じゃない。さっき知り合ったばかりだ。  宮崎の気持ちを見透かしたように、石倉は膝の上にアタッシュケースを乗せ蓋を開くと、底の布張りの板を少し浮かして、宮崎に覗かせた。  札束がぎっしりだ。  石倉は「だろ?」という顔で、すぐに蓋を閉じた。 「これ今週の上がりぶん。まぁ二千万ほどだけどな」  宮崎は唾と一緒に、ごくんとビールを飲む。 「ここだけの話、協力者さがしてて……宮崎さんなら頼んでもいいと思ってる」  とまどう宮崎に名刺を渡し、「興味あったら連絡して」と、石倉は店を出た。  宮崎は自分なりにM資金について調べた。  GHQが没収した資産で、戦後復興や賠償に使われたらしいが、使途には不透明な部分があり、これをM資金と呼ぶようだ。  たしかに、一部では有名な話らしいが、しかし、石倉を完全に信用したわけではない。それでも宮崎は、もう一度会ってみようと思った。本当に(うま)い話ならとの、助平心があったからだ。  その後二回会って話を聞き、三回目に会ったとき、宮崎は石倉に十万円を渡した。金の洗浄には手数料が必要らしく、失ってもいいと思える金額が、ぎりぎり十万だった。  宮崎には自分で商売をしたい夢があり、その資金として、およそ五百万円の貯金があった。パチンコ店の正社員で働きながら、十年かけて貯めた金だ。  上手くいけば早く独立できる。半信半疑で出した十万だ。無くなっても仕方ない。  ところが二週間後、十万が十五万円になって返ってきた。次は十五万を丸々渡し、二十万を受け取り、二十万が二十五万になった。  元手十万が、およそ四週間で十五万も増えた。このあたりから宮崎は、自分には(ツキ)があると思いだした。  その後も少しづつ元本を増やし、ついに百万円を用意した。 「宮崎さん、そろそろ(ちょく)で仕事した方が実入りがいいよ」  石倉いわく、宮崎が渡した金で、石倉などの他人が洗浄する場合は、洗浄を担当した人間がマージンを抜く。だが直接やれば、マージンの分実入りが増える。さらに、一回で洗浄できる金額がでかいほど、取り分も増えるらしい。  宮崎はその後、金の延べ棒と洗浄資金を車に積んで、大阪や福岡などに洗浄に行くようになった。  ただし、金の延べ棒の実物は見たことがない。石倉から預かる、何十キロもある旅行用のトランクには延べ棒がぎっしり詰まってるようだが、勝手に開けたら取引が流れるから、絶対に開けるなと釘を刺されていた。  
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