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[3]
昨日は別れ際にお礼を言って連絡先を交換した。
すっかり萎えきっていたので続きをする雰囲気になることもなかった。
『セフレならいいよ。』
さすがに自分のしでかしたことを考えるとこれでサヨナラは薄情な気がしたのだ。
送ったメッセージに追記として『恋人になる気はない。お互い干渉しないし他に関係を持っている人も切る事はしない』そんな自分勝手な事を送る。
『了解。』
もっと反応があるかと思ったがそんな返事が届く。
『今日講義終わったら一緒に出掛けない?』
いきなりの誘いに気分が乗らないが後ろめたい気持ちから了承する。
全ての講義を受け終わり連絡を入れる。
終わる大体の時間を教えていたので近くで時間をつぶしているものだと思っていたが、正門に寄りかかるようにして立つ一人の男を見つけて駆け寄った。
「あんたずっとここで待ってたの?」
呆れたように言ったつもりがあんまりにも嬉しそうな顔で迎えてくれたので顔が緩む。
「早く会いたくて。」
女だったらきっと喜ぶんだろうな。
そんな風に思い二人で歩きだす。
身長も高く気遣いもできる、いつも穏やかで思いやりがあって顔も悪くない。
そんな男が特定の恋人を作らずに遊んでいるとは世の中信用できない事ばかりだな。
「少し早いけど飲みに行こ。」
一緒に歩いていても共通の話題も話したいことも思いつかない。
気を紛らわすためにアルコールでも入れておかないとキツイと思った。
酒に強いわけではないが気が大きくなる分話しやすいと思ったのだ。
近場の大衆酒場に入る。
まだ時間は早いのにできあがっているグループがいるのか騒がしい店内。
「二人」と定員に伝えると小さめの個室に案内される。
お互い向き合って座ると定員が引き戸を引いて扉を閉める。
外から聞こえる騒ぎ声が少しだけ小さくなる。
お互いメニューに目を落としているが俺は早く酔いたかった。
ほぼ初対面、いや初対面以上に気まずい相手を前にニコニコされてどんな顔をしていいのか分からなかったのだ。
「だぁから、マジあの時は悪かった!!」
両手を合わせ頭を下げる。
ビール二杯で軽く酔っているのが自分でも分かる。
先程までの緊張はなくなり、今では相手が年上な事も気にならない。
「本当、気にしなくてもいいって!よくあることだし!」
慌てるように俺の手を掴み顔を上げさせるように言う。
さすがによくある事ではないだろう。
困ったように笑う男を目の前にして今更な質問が頭をよぎる。
「ねぇ、あんた名前は?」
今まで『あんた』や『お前』で過ごしてきたいたことに今更気が付く。
鳥居が名前を言っていたようにも思うが記憶の片隅にもない。
「百瀬…。」
拗ねた顔をしながら言われる。
「下は?」
特に下の名前で呼ぶつもりはなかったが名字しか聞かないとなんとなく気持ちが悪い。
テーブルに片肘をついて顔を乗せたまま返事を待つ。
言いたくないのか照れたように笑ってごまかそうとしているのが分かる。
それでも目を逸らさずに返答を待っているとモゴモゴと口が動くのが分かる。
「えっ?」
周りの笑い声によってかき消された声を聞き返す。
「…正造(しょうぞう)。」
言いたくなさそうに恨めしそうな顔をしながら見てくる。
「正造!!いいじゃん!これから正造って呼ぼ!!」
本気で嫌がっているように見えるが意地悪心から俺も引き下がらない。
「本当にやだ!周りにも呼ばせてないんだから!」
必死に首を振る正造の顔を両手で掴み目を真っ直ぐに見つめる。
「じゃあ、俺だけが特別だな…。」
意味深な沈黙を作って手を離す。
照明で正造の顔色は窺いしれないが黙ってコクンと頷く正造。
俺に声をかけてきたってことは俺の何かが正造のタイプにハマったのだろう。
だからたまに優しくしてやれば簡単に言うことを聞くだろうと思った。
名前の件でさらに確信を持つ。
その時は自分に都合のいい人間を見つけた気になっていた。
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