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[1] 正造
駿君と話をしなくなってから随分と経ったかのように感じた。
二人が出会った季節は終わりを告げて秋の風が吹いている。
最初は駿君に会わないようにと大学に来ていなかったのだが、不思議な事に会いたくないと思っていると大学でも会わなかった。
就職先も決まったのに大学を卒業できないのでは意味がない。
駿君の姿を見ることも無い味気のない大学は色あせていた。
「百瀬先輩ですよね。」
そう言って話しかけてきたのは駿君と同じくらいの背丈の男の子だった。
髪色も似ているから一瞬駿君に見間違えて心臓がドクッと音を立てた。
「そうだけど、誰君かな?」
僕は初めて見る男の子に優しく尋ねる。
もしかしたら僕の噂を聞いてきたのかもしれないが今の僕は使い物にならない役立たずな人間だ。
「僕…。水野玲央って言います。百瀬先輩は駿先輩と付き合っているんですか?」
思っていた話とは違い一瞬頭が混乱する。
最近一緒に居る事も無いのにそんな風に思うなんてきっと前から見られていたんだろう。
「付き合ってないよ。」
自分で言っておいてなんだか冷たいものが胸をよぎる。
「僕。駿先輩が好きなんです。」
そう言って今にも泣きだしてしまいそうな彼を僕は優しく見つめた。
まるで自分を見ているかのようだった。
口に出すことだけで精一杯で本人に伝えることもできない姿はまさに僕自身だった。
大学内では人目についてしまうので大学近くの喫茶店で話をすることにした。
彼は移動するときに気分が落ち着いたのか、泣きだしそうな顔は無くなっていた。
席に着いてから飲み物を頼む。
僕は彼が話しはじめるのを待った。
飲み物が運ばれてくると彼は口を潤すためにストローに口をつけたかと思うと一気に話しはじめた。
「僕。高校の時に駿先輩と付き合わせてもらっていたんです。でも僕が他の人に興味を持ってしまったり先輩を信じられなくなったりと不誠実な事から別れを切り出したんです…。でも、それからも先輩の事が頭から離れなくて…。」
彼は息継ぎをするようにまた飲み物に口を付ける。
この子が駿君の忘れられない人か…。
なんとなく声をかけられた時にそんな感じがした。
それでも駿君が言っていた印象とは随分違うことから人違いだと思いたかった。
僕は目の前の水野君に視線を向ける。
駿君は守ってあげたいような人と言っていたが僕にはそう感じない。
彼は多分駿君の中で最初から特別だったのだろう。
「百瀬先輩に話すのも変だと思ったんですが誰かに聞いてもらいたくて…。あの時、駿先輩の気持ちが変わっていたのなら、駿先輩の口から聞かないとやっぱり諦めきれないと思って…。何度も忘れようとしたんです…。」
そう言って彼は顔を伏せてしまった。
静かに流れる涙が彼の気持ちを証明していた。
僕は目の前のアイスティーを眺めていた。
汗をかいているコップに触れると大きくなった滴がコースターを濡らした。
「うん…。駿君も君との事気にしてるみたいだったから話してあげてよ。多分もうすぐ時間空くと思うから君の時間が大丈夫だったらここで待っててよ。」
そう言うと彼は急な展開に緊張した顔を見せた。
それでも断らないのは彼にも覚悟があるのだろう。
良かったね駿君。
ずっと離れていた気持ちがあるべき所へ戻るんだ。
お互いに別れても両思いだったなんて僕には考えられない。
これこそ純愛ってやつ?
羨ましいね。
本当の恋って感じ…。
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