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[2] 駿
今まで何度も連絡を送っても未読のままだった正造から急に連絡が着た。
時間が早いからか居酒屋ではなく大学近くの喫茶店を指定される。
俺は授業が終わるのを待ちきれずに席を立った。
いつの間にか早足になっている。
現役の時はもっと早く走れたのに…。
俺は少しでも早くあのニヤケ顔に会いたかった。
文句を言って軽く殴って最後に許してやるんだ。
喫茶店に着く頃にはうっすらと額に汗をかいていた。
これくらいの距離なんて走り慣れていたはずなのに上がった息を整えるのに時間がかかった。
深呼吸をしてから喫茶店のドアを開ける。
レトロな音楽がかかった店内は大人向けに感じた。
大学生で賑わうような場所ではないのは確かだった。
その中からピンク頭を探すが見当たらない。
辺りを見渡していると急に視界に立ち上がる人が映る。
玲央…?
俺と視線が合った事を確かめるように玲央がお辞儀をする。
俺は呼び出してきた正造ではなく、なぜ玲央がその場にいるのか理解できずに混乱しながら同じようにお辞儀をした。
「俺を呼び出したのって玲央?」
正造がいないのだからそうに違いないのに思わず確認してしまう。
「忙しいのにすみません。百瀬先輩に相談したら本人と話し合った方が良いと言われまして…。」
玲央が正造と話しているところを想像してみるが実感がわかない。
ボケッとしている正造と緊張して固くなっている玲央。
なんとも不釣り合いな組み合わせだと思った。
俺は傘のやり取りから数回言葉を交わしたきりだった玲央に改めて視線をやる。
身長は俺と同じ位まで伸びて、あんなに筋トレしてもつかなかったはずの筋肉が当たり前のようについていた。
俺は大学に入ってから運動することも無くなっていたので今一緒に走ったらきっと玲央に負けるだろう…。
頼んだ飲み物が目の前に置かれるのを待っていたかのように玲央は口を開いた。
「僕…。今でも先輩が好きなんです。」
口に含んだ飲み物を吹き出しそうになった。
それほど玲央の言葉は信じられないものだった。
何がどう間違えてそんな結論になったのか理解できないでいると玲央は言い訳をするように続けて話しはじめた。
「あの時…。付き合っていた時。先輩との距離ができてしまった気がして先輩の事を信じられなくなっていたんです。それでそんな自分も許せなくて別れを切り出したんです…。それでもずっと忘れられなくて…。先輩の中では終わった話だとは分かっているんですが、断られるのも先輩の口から聞きたくて…。」
俺は混乱する頭を抱えながら玲央の前に手をかざした。
少し考える時間が欲しかった。
今起きていることが本当の事なのか、まるで自分に都合の良い夢でも見ているかのようだった。
別れてからもずっと忘れられなかったのは俺の方だ。
玲央に似ている相手を探しては無理やりするように抱いてきたのも玲央に対する未練が残っているからだ。
それなのに断られるのを前提で話している玲央が目の前で俺を好きだと言っている。
コップを取ろうと手を動かそうとして初めて自分の手が震えていることに気が付いた。
俺は手を隠すように膝に乗せた。
「俺もまだ玲央が好きだ。俺もずっと忘れられなかった…。」
握りしめた拳が冷えている。
本人にこの言葉を言える日が来るとは思わなかった。
そう考えると今にも泣きだしてしまいそうだった。
玲央も俺の言葉を信じられないかのように口をポカンと開けた後に「僕。信じますよ?もう先輩を疑うなんてしませんよ?」と涙声で続けた。
俺は玲央に笑いかけた。
あの時とは少し違うぎこちない笑顔だった。
二人離れていた時間は無駄ではなかったのかと思える日が来るなんて思わなかった。
ここにいない正造に感謝しながらも午後の講義が始まるまでの時間玲央と一緒の時間を過ごした。
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