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[3] 正造
彼とよりを戻したと駿君からメッセージが届いたのは夕方近くだった。
バイトもなく時間を持て余していたが今は一人になりたくなくて放課後教室に残る高校生のように友人たちと話をしていた。
わざわざ授業が終わった後に残る人達の事を不思議に思っていたが、これはこれで心地のいいものだと思えた。
一人、また一人と先に帰って行ってしまう背中を見送りながらそろそろ潮時かと椅子から腰を上げる。
最後まで残ってくれた友人と話しながら歩いていると後ろから急に腕を掴まれ引っ張られる。
よろめいた体を立て直しながら引っ張られた方を振り向く。
駿君…?
一瞬見間違えたがそこにいたのは駿君の妹だった。
彼女は何か怒っているようだった。
身に覚えがなさすぎて困惑していると、笑った友人が手を振って行ってしまった。
「あんた。知ってるんでしょ?」
初めて会った時の印象とはだいぶ違う話し方だった。
僕を睨みつける顔も可愛らしかったが今そんな事を言ったら間違いなく怒られてしまいそうだった。
「どっかお酒飲めるところ連れて行って!」
何が起きているのか分からなかったが未成年の彼女をそんな場所に連れて言ったら間違いなく駿君に怒られてしまう。
「いやぁ…。」
断ろうと口を開きかけると小さい拳で胸をどつかれた。
急な衝撃にむせながらも彼女の目は笑ってはいなかった。
しかたがなくファミリー向けの居酒屋を探す。
彼女はどうみても未成年だ。
お酒を飲むにしても監視の緩い場所でないと問題がある。
スマホで検索してから歩き出す。
彼女はさっきまでの威勢の良さが嘘のように静まり返っていた。
居酒屋に着くまで彼女は一言も喋ろうとはしなかった。
何度か話しかけてみたが目を合わせることもしてくれなかった。
まだ早い時間なので家族連れも多くいる。
僕は個室が開いているか確認を取る。
居酒屋の個室なんて駿君と初めて飲んだ時の事を思い出してしまう。
僕は通された席に腰を掛けるとメニューを彼女に渡した。
「…どれが飲みやすい?」
あれだけお酒が飲めるところを希望していたのにお酒飲んだことないのか…。
それをまた口に出してしまうと噛みつかれてしまいそうだったのでアルコール度数の低いカクテルを勧めた。
彼女は素直に頷いた。
注文を終えると目の前におつまみ数品とウーロン茶とカシスオレンジが運ばれてきた。
もちろんカシスオレンジは僕の前に置かれる。
店員がいなくなったタイミングでグラスを取り換える。
マドラーで何回かかき混ぜてから彼女はゆっくりと口を付けた。
恐る恐る飲んだかと思うと一気に半分まで喉に流し込んだ。
僕は慌てて自分に運ばれてきたウーロン茶とお酒を交換する。
「初めてなのにそんな飲み方したら体に悪いよ…。」
恨めしそうに僕を睨みつけたかと思うと、その瞳は急に潤みだしてあっという間に大きな瞳から零れ落ちた。
「あんたは駿君の事好きじゃなかったの?」
涙を拭う事無くポロポロと流しながら彼女は僕の方を見てくる。
「…好きだったよ。」
ハンカチを取り出して渡そうとするが断られる。
彼女は自分の鞄からハンカチを取り出すと流れる涙をそっと拭いた。
そんな動きも駿君とかぶって見えて懐かしく思える。
「だったらなんでそんな平気そうなのよ…。」
僕は彼女の飲み残したお酒を一気に飲み干した。
「もうお酒はいらないでしょ?」
そう確認してからタッチパネルで生ビールを頼んだ。
駿君の事を誰かと話すことになるなんて想像もしていなかった。
なんだか気恥ずかしいような嬉しいような気持ちだったが目の前の彼女は同じ気持ちでは無いようだった。
生ビールを二杯飲んでから大きく息を吸った。
「僕は駿君の幸せが一番だから。」
嘘偽りはなかった。
ただそれを近くで見ている勇気がないのも確かだった。
三杯目のビールに口を付けようとするとグラスを無理やり奪われた。
彼女は大きいグラスを両手で抱えるように持ちゴクッと大きく飲み込んだ。
「まずっ!!!こんなもの良く飲めるわね!」
言葉遣いは荒々しいがこっちの彼女の方が自然な気がした。
初めて自己紹介された時はなんだか作り物の人形みたいに感じた。
そこが少し僕に似ているような気もしていた。
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