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少しすると彼女は顔色を変えてトイレに向かった。
その間に支払いを済ませておく。
もっと話がしたかったのに物足りない気持ちがあった。
彼女がトイレから戻ると彼女に鞄を手渡した。
外に出ると少し肌寒い風が吹いていた。
「少し…休みたい。」
気怠そうに言われタクシーで家まで送ろうと思っていたのを断られる。
近くにホテルがあるのは分かっている。
それでも駿君の妹とそんな所に入るのは躊躇われた。
僕は渋々彼女に肩を貸しながらホテルへと向かった。
ホテルに入るとさっきまで体調を悪そうにしていたのが嘘のようにホテルの中を興味津々に見回っていた。
「…大丈夫なの?」
僕の言葉に笑いながら「何の事?」と言わて初めて演技だったことが分かった。
僕は彼女の考えが分からなくてホテルに備え付けられたビールを取り出す。
「わぁ!面白い!!こんなふうになってるんだ!」
なんにでも興味を持つような子供のような無邪気な顔を見せたかと思うと、ベッドに飛び込んでいった。
僕は彼女の行動を見ながら冷えた缶ビールを喉に流し込んでいた。
「あんたってさぁ。駿君とセックスしたの?」
ベッドにうつぶせになったまま彼女が聞いてくる。
「一回だけ…。」
素直に言うと彼女は勢いよく体を起こして僕の方を見た。
「ねぇ、駿君はあんたとするときは抱かれる方なの?抱く方なの?どんな顔して喘ぐの?…っどうして駿君は男じゃなきゃダメなの……?」
最後の方は泣きながら怒鳴るようだった。
この子も駿君の事が好きなんだ。
兄妹としてではなく恋愛として。
近くに好きな人がいるのに口に出せない関係はどれほど辛かったのだろう…。
「それでまた水野に取られるなんて!どうすれば別れると思う?」
やはりまだ酔いが残っているのかもしれないと思う程、狂喜じみて見えた。
そして胸騒ぎがした。
「ねぇ。高校の時二人が別れた原因って…。」
そこまで口にすると彼女は声に出して笑った。
「私が仕掛けたの!でも決断してのは水野の方だからね。私はちょっと嘘をついただけ。」
初めて人を殴りたいと思った。
人に合わせるばかりで自分の意思など無くなったのかのように思っていたのに僕の意思はここにあった。
「なんで好きな人の幸せを願ってあげられないの?」
怒りで声が震えた。
自分の中に怒りの感情が溢れてどうして抑え込んでいいか分からない。
「駿君は私が幸せにしてあげたいの。それなのに誰にも祝福もされない辛さあんたに分かる?世間が私たちを認めてくれないの。兄妹なだけで結婚もセックスもダメ。恋愛感情になるのは異常だって。…ずっと想ってきたのに!小さい頃から!!それなのになんで私じゃないの!!!」
彼女は叫ぶように吐き出した。
彼女の気持ちも分からなくもない。
それでも思い合っていた二人を壊して傷つけた事は許せなかった。
駿君の涙が彼女の愛のせいだなんて思いたくなかった。
そんな薄汚れた思いが愛だなんて信じたくなかった。
「本当にそう思ってる?」
僕は彼女の言葉を噛みしめてから声をかけた。
睨むように僕を見ている彼女はもう可愛いとは思えなかった。
「世間が許してくれないなんてことはないよ。確かに避妊は必要だし結婚もできない。でも結婚しなくても一緒にはいられる。それに兄妹でのセックスも成人済みの合意の元なら法にも触れない。認めてくれないのは世間じゃなくて…」
そこまでいうと続きを言わせないかというように彼女はベッドから飛び降りて僕の頬を殴った。
骨と骨の当たる痛みからグーで殴られたのが分かる。
彼女の手も痛かっただろう。
なんて不器用なのだろうか。
こうやっていつも相手と自分を傷つけることでしか思いを伝えることができないなんて。
それでも僕は言わないといけないと思った。
「…受け入れてくれないのは世間じゃなくて。…駿君でしょ。」
今度は抵抗することなく彼女は僕の言葉を受け入れた。
最初から誰かにそう言ってほしかったかのように。
彼女はまた静かに涙を流した。
僕は彼女を抱きしめた。
僕が誰かの体温を温かいと感じたように彼女にも人の体温を感じてほしかった。
彼女は抵抗することなく肩を震わせながら僕の胸の中で泣いていた。
少しすると落ち着いたのか、急に恥ずかしくなったのか背中をグーで軽く叩いてくる。
僕は彼女を解放してあげた。
目元が赤く腫れた顔で僕を見上げる。
なんだかおかしくなってきて笑ってしまった。
それが気に食わなかったのかまた軽く叩かれる。
僕にも本当の兄弟がいたらこんな感じだったのかな…。
そう思えた。
「ねぇ。じゃあ、私の事抱いてくれない?」
せっかく良くなった雰囲気だったのに彼女の言葉で部屋の空気が張りつめた。
今までの僕だったら友人の妹でも平気で応えていただろう。
それでも駿君の妹を抱く事だけは避けたかった。
実際、僕の体が反応するとも思えない。
「お互い虚しい同士丁度いいと思うんだけど。あんたバイなんでしょ?」
女性からの誘いを断るのはとても気が引けた。
「…ごめん。最近調子悪くて…。」
素直に言ったはずなのに言い訳にしか聞こえない。
「最低…。」
彼女は拗ねたように僕に背中を向けた。
少しすると彼女がまた口を開いた。
まるで名案でも思いつたかのように。
「ねぇ。駿君呼んで。帰るから。ここに迎えに来てもらって。」
僕は背筋が凍った気がした。
さっきまで無邪気にじゃれ合っていたのが嘘のような言葉。
こんな場所に駿君を呼び出したとしたら彼女に手を出したと思われてもしょうがないだろう。
それでも僕は断る事などできずに諦めたようにスマホを取りだした。
呼び出し音が鳴る。
久しぶりに聞いた声なのに嬉しく思えなかった。
話しの途中から駿君の声色も変わってくる。
電話を切ると残っていたビールを全て飲み干した。
「駿君には余計なこと言わないでよね。」
可愛らしい顔をした彼女をこんなに歪ませてしまったのは兄に恋をしたからなのだろうか。
僕はうなだれながら駿君の到着を待った。
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