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[4] 駿
正造からの電話を切ってからすぐに家を飛び出した。
指定された場所は聞いたことも無いラブホテルだった。
『日和ちゃんを迎えに来て…。』
力なくそう言った正造は最寄りの駅とホテルの名前だけを言うと電話を切った。
俺が何があったかを問いただそうとしても聞こえていないかのようだった。
まさか日和にまで手を出すなんて思ってみなかった。
俺は心のどこかでまだ正造との繋がりを信じていたかったのだと思う。
電車が目的地に着く間もイライラと焦る気持ちばかりが募っていく。
迎えが必要な状態な日和の事が一番心配だった。
もう子供でない事は理解している。
それなりに恋愛経験があったとしても止める事はできないだろう。
それでもそれを直接知るのは兄妹なら尚更避けたかった。
ホテルに着いて指定された部屋の呼び鈴を押す。
中から物音が聞こえるものの扉が開かない。
ドアノブを回してみるが開く気配もない。
少ししてから鍵の音と共に扉が開かれた。
俺は体当たりするように扉を押し開けた。
そこにはベッドにもたれかかるようにして脱力しきっている日和の姿があった。
何があったのか確かめようと正造に顔を向けると赤く腫れた右頬が目に入る。
何から聞いて良いのか分からず言葉に詰まる。
「日和には…。手出すなって言ったよな。」
俺の言葉に目も合わせない正造。
それが全てを物語っているかのようだった。
友達に戻りたかっただけなのに…。
それなのにここまで俺を拒絶するのかよ。
床に座り込む日和の顔を覗き込むと泣きはらした顔がそこにはあった。
「…百瀬先輩は悪くないの…。わたしが…。」
そう言って正造を庇おうとした目からは涙がこぼれた。
俺は一歳しか違わない妹を大切にしてきたつもりだ。
シスコンと呼ばれても気にならなかった。
笑った日和が好きだった。
自分の友人が日和に惹かれているのを隣で何度も目にしてきていた。
甘えん坊の癖に弱い所を見せないようにする姿は兄の俺でも尊敬していた。
それなのに…。
俺は日和の傍を離れて正造の元へと静かに近寄った。
何も話そうとしない正造。
せめて何か言い訳でもしてほしかった。
これは俺に対する嫌がらせなのか?
日和が合意の上だったのならその赤く腫れた右頬はどう説明するんだ?
日和の鼻をすする音が聞こえてきて右手に力が入る。
日和を傷つけた事。
俺を裏切った事。
何に対する気持ちが一番こもっていたのかは分からなかったが力いっぱい正造の左頬を殴り飛ばした。
よろめきながら立ち上がる日和に手を貸す。
正造は俺に殴られて尻餅をついたまま動こうとしない。
ただ頬を押さえたまま俯いているだけだった。
日和の荷物を持って部屋を出る。
扉を閉める前に正造にもう一度目を向けた。
「…兄妹で…利き手違うんだね…。」
何を意図した言葉だったのかは分からない。
俺はワザと大きな音を立てるようにして扉を閉めた。
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