[4] 駿

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 タクシーの中でも日和は何も話そうとはしなかった。 もし正造が無理やり日和に手を出したのならば許せない事だが、日和も話したくもないだろう。 無理に聞き出すようなことはせずに、ただ日和の手を握った。  家に帰ると日和はすぐにお風呂に入ると言って洗面所へ向かった。 俺はソファに座り込み二人の間に何が起こったのか目を瞑ってもう一度考えた。 何をどう考えてみても正造が悪いとしか考えられなかった。 感情が混乱しているのが自分でもわかった。 悲しみ、苛立ち、恨み。 言葉にできないモヤモヤとした気持ちが胸を占領していた。  少しすると日和がお風呂から上がったのか石鹸の香りがしてくる。 目を開けようとしても瞼が重たくて上がらない。 いつの間にかソファに体をうずめていた。 近づく気配に手を伸ばすとドライヤーをあてたばかりの温かい髪の毛が手に触れる。 懐かしく感じる感触。 何度か目を瞑ったまま髪の毛の感触を確かめる。 本当は目を開けて体を起こして日和を抱きしめて安心させてやりたかった。 それでも、もう少し…。 まどろむ意識の中、日和の泣き声が聞こえてくる。 「……ごめんなさい。」 何に対する謝罪かは分からないが日和の頭を自分の胸に押し当てるように抱きしめる。 頭を撫でながら「大丈夫。大丈夫。」と繰り返した。 小さい頃から意地っ張りだった日和は素直に謝ることができない子供だった。 それは大きくなった今でも変わらない。 怒られることが少なくなっただけなのだろうが、そんな日和が俺に許しを求めている。 そんな妹を許せない兄などいるだろうか。 日和の後悔が薄まるのなら何でも許してあげたいと思った。  それはまるで夢のようだった。 意識の薄まる中で日和と正造の姿がダブる。 あいつも今頃泣いてるかもしれない。 今でも信じようとする自分に呆れてしまう。 俺は日和の頭を撫でる手を止めて考えるのを放棄した。 眠りにつく間に日和に何か言われた気もするが何が現実かなんてもうどうでもよかった。
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