[5] 駿

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[5] 駿

 玲央と寄りを戻してから別れていた間の時間を埋めるように連絡を取り合った。 くだらない事でもメッセージを送った。 そんな他愛もないやり取りが愛おしく思えた。 あの時の時間を取り戻せたような気になっていた。  日和はあの日以降涙を見せることも大学を休むこともしなかった。 何事もなく毎日を送っていた。 不自然なほど今まで通りで何か悪い夢でも見ていたかのような気持ちになった。 ただ今でも正造と何があったのかは頑なに話そうとはしなかった。  玲央とは学年も専攻も別だったので共有できる時間が少なかった。 それでも毎日交わすやり取りや電話ですぐそばに感じられていた。 本来なら正造にも喜びを分かち合ってほしかった。 本当に心配をしてくれたのも俺が自分を嫌いになった時も傍に居てくれたのは正造だったのに。 それなのにあいつは何も話さずに俺の元を去って行ってしまった。 出会いも急だったのに別れも急だなんて随分と忙しいやつだ。 それでもいつかひょっこり「ごめんねぇ」と言って現れるんじゃないかと期待している自分がいる。  「駿先輩?」 俺は玲央の声で我に返る。 今日は初めて休みを合わせて出かけられる日だった。 場所は高校生の時に初めてデートした水族館。 あの時は暗闇で周りに気付かれないように手を繋いでみたりと魚以上にお互いに興味津々だった。 今の俺たちはなんだか余裕があった。 お互いの距離が気にならないかのような安心するかのような。 同じものを見て違う感想を持つ別々の人間だということを感じる。 高校時代の頃には感じていた胸が締め付けられるような気持ちももう感じない。 きっと人といることに慣れてきてしまったのだろう。 誰かの温もりを感じる事も、傷つけられることも。 全て慣れてしまえばなんてことはない。 誰かに裏切られてもまた拾ってくれる人がいる。 そうやって俺は生きていくんだろうな。 「…先輩。お昼でも食べません?」 俺は隣に玲央がいるのに何を考えていたのだろう。 大切な人と一緒に居るのに何か足りないような。 きっとまだ離れていた距離が埋まっていないせいなんだろう。 俺は人目を気にする頃なく玲央の手を取って歩き出した。  水族館から出ると雰囲気の良いレストランに入る。 下調べはしておいた。 一応やり直し初めてのデートだ。 玲央にとってもいい思い出にしたい。 お互いにメニューを見ながら話しあう。 目の前で笑う玲央を見てやっと手に入ったのだと安堵する。 あんなに苦しい思いはもう二度としたくない。 「俺、少し飲んでもいい?」 少し気分を盛り上げるためにもアルコールが欲しかった。 まだ未成年の玲央の事を考えると飲まないのが正解だろうが少しでも暗い気持ちを払拭しておきたかった。 「僕に気にせずに飲んでください。」 気を遣わせてしまったかもしれないと思いながらもグラスビールを頼む。 居酒屋で出てくるジョッキではなく細いグラスに入ったお洒落なビールだ。 味は変わらない。 一気に飲むのは気が引けたので半分ほどでグラスを置いた。 「駿先輩。炭酸飲めるようになったんですね。」 玲央の声に首をかしげた。 「だってほら。先輩高校の時は炭酸系飲まなかったじゃないですか。」 言われてみて思い返してみる。 確かに誰かに勧められても炭酸系の飲み物は断っていた。 「あれは飲めないんじゃなくて飲まなかったの!甘い炭酸物って糖分凄い入ってるから飲まないようにしてたんだよ。」 俺はグラスに残ったビールを見つめながら当時の事を思い返す。 あの頃は楽しかった。 陸上もチームメイトも大好きだった。 それなのに今の俺ときたら随分落ちこぼれたものだ。 せっかく明るくしようと思って入れたアルコールも酔えるようなものではなかった。  レストランを出てショッピング街をブラブラと歩く。 目に付くものはあっても口に出すほどのものではないと口をつぐむ。 玲央もさっきより静かな気がする。 「映画でも見るか?」 俺はたまたま目に入った映画館を指さした。  映画を観終わってカフェに入る。 映画の内容は随分安っぽいSFものだった。 それでも玲央が嬉しそうに映画の感想を言うものだから俺はただ聞き入っていた。 頭の中で反論しながらも楽しそうな玲央の姿を見ていた。 外は随分と暗くなってきた。 さすがに初めてのデートだから盛るようなことはしたくない。 やっと両思いになれたのに嫌われたくない。 「ちょっとトイレ行ってきます。」 そう言って席を外した玲央を見送る。 姿が見えなくなると両腕を伸ばして大きく伸びをした。 なんか疲れた…。 好きな人といるのって意外と気を張って疲れるもんなんだな。 随分と忘れていたような気がした。  あいつとなら何を話さなくても気を遣わなかったな。 映画が面白くないと思ったらメチャクチャに愚痴った。 あいつがどう思うかなんて気にせずに俺の好きな事ばかりしてた。 それでも嬉しそうにヘラヘラしてるから俺はあいつといると自然体でいれた。 あいつといる自分が好きだった。 飾ることも見栄を張ることもしないありのままの自分を認めてもらえているようで。 今の俺はなんだ? 高校の時となんも変わらない。 見え這って自分の方が年上だからって格好つけて。 どうすれば好かれるか必死だ。 余計な事を考えていることは分かった。 でもそれに結論を出してはいけない。 また間違いを繰り返すことになる。 また誰かを傷つけることになる。 俺はトイレから戻ってきた玲央を引っ張るようにしてカフェを出た。
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