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俺はまだ少し早い時間なのに玲央を家に送ろうとしていた。
一人になりたくないのに玲央と一緒に居ると余計な事を考えてしまいそうだった。
一人でも良いからビールでも飲んで記憶を飛ばしたかった。
隣で笑ってくれる奴がいなくても平気になりたかった。
気がついてはいけない。
今更。
今更なんで。
思い浮かんでは消し去るように足を速めた。
「せっ、先輩。早いですっ。」
引っ張っていることも忘れていた玲央に視線を向ける。
鞄がずり落ちないように片手で押さえながら息を上げていた。
「悪いっ…。」
無意識のうちに随分と自分勝手な行動を取っていたようだ。
「先輩。この近く。公園があるんですけど少し時間良いですか?」
俺は今すぐにでもこの場を離れたかったが真っ直ぐに目を見て言われてしまっては断ることなどできない。
頷いて黙って玲央の後ろを歩いて行く。
小さかったはずの背中はいつの間にか俺と同じだけ大きくなっていた。
自分の意見も言えなかったような玲央があんなに楽しそうに映画の話をした。
俺の知らなかった玲央がどんどん多くなっていくようで少し怖かった。
俺の好きだったのは本当にこいつだったのか。
今でも同じ気持ちなのか…。
また余計な事を考えている。
頭を揺さぶって余計な考えを頭から追い出した。
「駿先輩。今日はどうでした?何か思いました?誰かと僕の事比べました?僕は先輩の口から出たことしか信じません。何も疑いませんし、先輩が黙っていれば他の人と目の前でキスされても気付かないフリをします。他でセックスしてようが僕を好きだと言ってくれれば何もなかった事にできます。」
俺は目の前にいる玲央の言葉が本当に玲央の口から発せられているものなのか信じられなかった。
それはきっと普通の人の思考ではない。
少なくとも玲央は今日一緒に過ごしてみて不安に思ったからこんなことを口にしているのだろう。
確かに玲央の言う通り一緒に居る時間もあいつの事を考えてしまった。
でもそれはあいつといる時間が長かったせいでもあるし、謎を残したまま姿をくらましたから気になるだけだ。
そんな自分に対する言い訳も全て玲央には見透かされているかのように感じた。
「僕からは言ってあげませんよ?先輩が誰を思っていようが、誰を好きだと思おうが僕から口にすることはありません。…言っている意味分かりますよね?」
脅されているわけではないのに背筋に冷たいものが走った。
目の前にいるのは本当に玲央なのか?
何がこんなにも玲央を変えてしまったんだ?
玲央から見たら俺はどんなふうに映っているんだ?
そう考えると急に不安になってくるのが分かる。
「玲央っ。」
名前を呼んで顔を上げたがそこにいたのは思い出の顔とは違う顔をした元恋人だった。
本当は言い訳でもしてこの場を収めるつもりだった。
少し時間をもらってゆっくり考えて玲央を傷つけない言葉を選ぶつもりだった。
「ごめん…。」
頭を下げると玲央の顔が見えなくなる。
あんなに長く思っていたのに…。
本当に好きだったのに…。
「…他に…好きな人ができた。」
俺が無意識に選んだ言葉は一年前玲央が選んだ言葉と同じものだった。
顔を上げるのが怖い。
俺の言葉を全て信じると言った玲央の事にひどいことを言っている。
俺はケジメのつもりで顔を上げた。
玲央は泣くことも無く怒ることも無く笑っていた。
「…大丈夫です。今回は間違いじゃないですよ。」
意味が分からないが目の前にいるのは俺が好きな玲央だった。
それでも頭を占領しているのは別の奴だって事も分かっていた。
俺は玲央にすがるようにして頭を下げた。
涙だけは流さない。
俺に泣く資格なんてない。
「…ごめんっ。本当に好きだった…。」
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