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ずーーーん。
名門私立男子校の制服を身に纏って黙ってさえいればただのイケメンである俺の恋人沖野 智瑛は、その精悍な顔に涙の筋をいくつも作り鼻水まで垂らしそうになりながら美術室の綺麗とはいえない机に突っ伏している。
小一時間ほど前から呟く言葉といえば、一つだけ。
「ミオちゃん…ミオちゃんんん…」
あまりの悲しみようにまさかミオちゃんが引退でもするのかと思い慌ててスマホでミオちゃんの名前を検索したが、そのようなニュースは発表されていないし、俺も女装スキル向上の為に日々お世話になっているミオちゃんのSNSもいつも通りだった。
何かあったのかと思えば。
「ミオちゃんの握手会…握手会が…なけなしの小遣い叩いてCD10枚も買ったのに…」
どうやら、握手会の抽選に外れたようだった。
「智瑛…また次応募すればいいだろう。」
「次っていつだよぉ…人気が出るにつれこういうファンとの交流イベは減ってるって言うのに…そりゃ人気が出るのは嬉しいけどさ、だんだんとこう、手の届かない所に行ってしまうのが…あああ…」
おいおい泣き始めた智瑛に、同情半分呆れ半分。
ただ、貴重な短い逢瀬が智瑛の慟哭を見て終わるのも悲しいものがある。なんとか元気になってもらいたいが、俺はその術を持っていない。
どうしたものか、と考えあぐねていると、智瑛が大きな大きな溜息を吐いた。
「優太ぁ…」
「なんだ?」
「優太ぁ………」
「だからなんだ。」
グスッと鼻をすする音を響かせて、目に涙をいっぱいに溜めた智瑛がジーッと俺の方を見つめてくる。
普段はスマホかスケッチブックばかり見ている智瑛とこんな風に長時間見つめ合うことはあまりなくて、不必要に胸が高鳴った。
智瑛は机に突っ伏した体制のまま、隣に座る俺にスッと手を伸ばしてくる。
「ち、あき?」
「優太は、手の届く範囲にいてね…」
なでなで。
智瑛の男らしいけど綺麗な手が俺の頭を撫でていく。温かくて大きな手。
滅多に触れることのないその手の感触に、全身が沸騰したように熱くなって顔から火が出そうになった。
「はぁ〜〜〜…俺、帰るわ…」
温かい手は離れていっても温もりが残っている。頭を撫でていった大きな手の感触がまだ脳天に残っていて、俺は恍惚とその愛しい感触に浸った。
「…って、帰るのかよ!!」
我に返って叫んだ時には、もう智瑛の姿はなかった。
俺は誰もいなくなった美術室で、グッと拳を握る。
智瑛を元気付けたい。
今こそ、磨きをかけた女装スキルが光るときだ。
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