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幽体と天使
青葉台駅から15分程歩くとセレモニーホールがあり、妙子は喫煙室の窓側で通りに立って賢士を待つ輝を眺め、一つ離れた席から聴こえる故人の親戚らしい二人の男性の話し声に耳を傾ける。
「カフェに車が突っ込んだらしい」
「高齢者の運転ミスか?老夫婦は即死だって」
「ああ、客は無事だったが、バイトの女性も巻き添えになったらしい」
喫煙室の磨りガラスにタクシーが止まって賢士が賢士が降りるのが見え、妙子は吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて消し、燻らせた煙の向こうに幽体の悠太が映った。
『僕が愛してやまない、賢士くんが現れたようですね……』
賢士はタクシーから降りると、セレモニーホールの前で待つ輝に軽く挨拶した。電話では何度か話しているが、会うのは久し振りで、短髪と胸の厚みに黒い喪服がマッチして貫禄が増していると微笑む。
「ヤー、アキラ。ちゃんと来ただろ?」
「当たり前だ。自慢げに言うことか。小学生じゃあるまいし」
「妙子は?」
「中にいる。さっきお前にフラれた文句言ってたぞ」
「いや、僕はフってない」
玄関口に現れた妙子が腕を組んでこっちを睨み、賢士が手を振るとすぐに微笑んで手招き、戦いを挑んでいるように見えて苦笑する。
「女タラシの登場だ」
「こんな場所で、人聞きの悪いこと言わないでくれ」
「だって、今日は復活祭。茨の冠を贈られたんでしょ?」
「その話は後にして、受付を済ませよう。もうすぐ通夜の時間だぜ」
輝が二人の会話を遮り、悠太の葬式に来た事を思い出させ、フロアを三人で並んで歩いて行くと、もう一人の同級生が背後から続く。
誰にも見えなかったが、悠太は嬉しくて笑みが零れ、高校の同級生とこうやって一緒に歩くなんて夢のようだと思った。
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