レヴェラント島(1)

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レヴェラント島(1)

「これはこれは……」  望遠鏡で様子を窺っていたゴッサムは、にやりと口許を歪めた。  挨拶代わりの砲弾に身分を明かすことで答えてくるとは、なかなかに強気だ。  海賊船に目をつけられて所属旗を高々と見せつけることは、自分はこういう身分の者だから、手を出さないでくれ、見逃してくれ――という命乞いの場合もある。しかし、あの船の場合は『これが誰の船だかわかっているんだろうな』という威圧を感じられる。 「ブライトヘイルの第三王子はまだ若造だと聞くが……肝が据わっておるのか、はたまた若気の至りか」  大海賊エイドリアン・ゴッサム、当年とって五十七歳。もう老齢と言ってもいい年だが、肉体気力共にまだまだ若々しく、他の船員に引けを取らない逞しい体躯を揺らして笑った。 「ただの愚か者でしょう」  久しぶりに骨のありそうな若者との交戦に「愉快愉快」と楽しげに笑い声を上げていると、彼の背後から女の声がぴしゃりと言い放った。  高価なドレスの裾をたくし上げて銃帯で留め、大胆にもすらりと伸びた太腿を露出させた勇ましい姿の女は、ヴァンメール公国第二公女アイリーン・エル・ダンテスだった。  姪夫妻が出立する前夜に行われた正餐会に出席した後、僅かな手勢を率いて密かに出国し、以前から繋ぎをつけていたゴッサムの許へ赴いたのだ。邪魔なマリー・ミシェットの死を自ら確認する為に。  レディ・エスター号が損傷もなく航行している様子を見ると、見張りと始末を任せていた者達は、尾行すらも失敗したようだ。こんな単純な命令さえも遂行出来ないとは情けない、と嘆かわしく思う。 「計画ってものは二重三重に練っておかなければならないのよね」  隠れる物のない海上を追跡させるのだから、気づかれることは織り込み済みだった。追跡が完全に失敗した場合の次の手として、軍船でも確実に沈められる戦力を用意することにしていたのだ。  ゴッサムには今回の計画で手付として契約の半金を渡しておき、追跡させていた手の者が始末をつけられていればそこで計画は終了となり、残金の半分だけを違約金として払うことで合意していた。それでもかなりの高額である。  これで契約金の全額を頂くことになるな、とゴッサムはにやりとする。 「どうかしらね。あの王子様は指揮官としては腕の立つ男らしいから」  アイリーンが鼻で笑うと、ゴッサムもまた豪快な笑い声を響かせた。それは海賊であるゴッサムも知っている。  エリックは随分と己を過小評価して謙遜していたが、海賊退治が得意な指揮官として有名だ。艦長になって三年足らずの間に捕らえた船長首は二十に届く数とか。  最近では、小さな商船を襲っているような弱小海賊は、あの部隊旗を見ただけで逃げ出すという噂があるくらいだ。お陰でここ半年程は北海で海賊の姿はほとんど見かけなくなっているらしい。  アイリーンは前方に白波を立てる船影を睨みつけた。  ゴッサムの船団は皆足の速い船で揃えてある。レディ・エスター号の速さにも引けは取らない筈だ。ブライトヘイルに帰国する前に沈められると踏んでいる。 「船長!」  唐突に航海士が声を上げた。  なんだ、と聞き返すと、陽に焼けた顔を奇妙に歪め、首を傾げている。 「いや……なんか航路が変なんすよ」 「変? 何処がだ」 「海図によるとブライトヘイルはもっと北寄りなんすけど、あの船、どう見ても西の方に向かってるんでさぁ」  追われているのだから最短距離――今の場合、大陸との間の海域を北に抜け、王都タウゼントの港に向かう航路を行くものではないか、と航海士が言うので、ゴッサムもアイリーンも怪訝に思った。確かにその通りだからだ。  後甲板の観測所に登り、羅針盤と海図を受け取る。位置を確認すると、やはり通常の航路より随分と西の方へ逸れている。 「こいつぁは……レヴェラントに向かってやがるな」  ゴッサムは胸に届くほど伸ばした顎髭を撫で、呵々と笑った。  ブライトヘイル王国の領土とされているレヴェラント島の正確な位置は、実は誰にもわかっていないと言われている。もちろんブライトヘイルの海軍なら把握しているのだろうが、世界に流通しているどの海図を見ても微妙に位置が違っており、本来の位置が特定出来ないようになっている。これは困ったことに海洋国には昔からよくあることで、そのお陰で、ハイレン共和国などは向かい側のウルシア王国との領海線でしょっちゅう揉め事が起きている。その為に国際司法機関が仲裁に乗り出したことは数知れずだ。  このブライトヘイル王国に関しては、本島の西側には海が広がるばかりでなにもなく、対岸の陸地に辿り着くまでにはふた月程の航海をしなければならぬ距離で、特に揉め事に繋がるような地形ではなかった為、問題視されてこなかった。  レヴェラントは伝説の女海賊レディ・エスターが根城にしていた島で、今でも彼女の財宝が山と眠っているという噂だ。海賊として狙わない手はない。  ゴッサムもその財宝伝説に憧れ、何度かレヴェラント島を捜したことがあるのだが、いくつかの海図を見比べて凡その場所を特定して向かっても、磁場がおかしいのか、近づくと羅針盤が狂って方向を見失ってしまう。それで毎回断念していた。  しかし、持ち主であるブライトヘイル海軍なら、正確な場所を知っているだろう。  船を追ってレヴェラント島に上陸出来れば、ゴッサム達は伝説の財宝を手に入れることが出来る。  目障りな海賊退治屋の王子を始末し、ヴァンメールのお家騒動の手伝いの報酬を受け取り、更に伝説の財宝を手に入れられる――なんとも美味しい一石三鳥の話ではないか。  ゴッサムは前方の船を慎重に追うように指示を飛ばした。
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