交戦(1)

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交戦(1)

 ゴッサム達はエリックの考えていた通り、四隻のうちの一隻が波に埋もれた岩礁に乗り上げ、航行不能に陥っていた。 「船長! ここは危険だ。もう少し外を行かねぇと」  仲間の船が座礁したことに焦り、操舵手が悲鳴じみた忠告を叫んだ。  そんなものはわかっている。しかし、ようやく念願のレヴェラント島に到達出来て気持ちが逸り、ゴッサムは一瞬的確な指示を失念した。 「岩礁が多いぞ! 東に寄れ!」  無事な二隻に向かって声を張り上げ、岩礁群を抜けようとする。間に合うか賭けだったが、際どいところで回避に成功出来た。  座礁した仲間にはあとで迎えに来ることを約束し、ゴッサム達は西側に回らせた一隻と共に忌々しい王子を挟み撃ちにする作戦の為に先を急ぐ。  沈みかけている仲間の船を睨みつつ、ゴッサムは歯軋りした。  まったく以て腹立たしい王子だ。海賊退治屋などという呼び名も生意気だが、若造のくせに優秀な船と乗組員を与えられ、踏ん反り返って指揮をしているのかと思うと実に腹立たしい。  王家などといういい家に生まれ、大切に育てられ、いい食べ物、いい教育を受け、大人になったら手足となるいい船と部下を与えられて――存在自体が気に食わない。 (なにがなんでも沈めてやる……!)  普段のゴッサムはもっと冷静な男なのだが、今は目の前に憧れだった財宝の島があることと、大切な仲間の船に傷をつけられたことで、頭にかなり血が昇って来ている。しかも相手が自分の半分ほどしか生きていない若造ということで、怒りは一入だ。  腰に下げた剣を握る手に力が籠もる。  生意気な若造の首を必ずやこの手で討ち取り、それをブライトヘイル国王宛てに送りつけてやる。それくらいしなければこの腹の虫は治まりそうにない。  客分として乗り込んでいるアイリーンは、そんなゴッサムの様子を横目に、短銃の手入れを終わらせた。いつでも撃てるように、念入りに。  ミシェットとティムの乗った小舟は入り江の少し手前で降ろされ、レディ・エスター号の起こした波に少し煽られはしたが、幸いにも進路は守られ、ティムが全力で櫂を漕いで入り江の中へ急いで逃げ込む。  入り江は深く、奥行きがあった。きっと伝説の海賊達がいた時代、ここは港代わりに使われていたのだろう。  三分の一程中に入ったところで、砲声が聞こえて来た。驚いて振り返ると、レディ・エスター号の両舷で水柱が立ち上っている。  始まりましたね、とティムは言った。ミシェットは頷き、溢れそうになる涙を拭う。  泣いていても意味はない。今はティムの指示に従って、この場から早く避難することだ。 「大丈夫ですよ。僕達は海賊退治に関しては、連戦連勝中なんです」  ミシェットの不安を取り除こうとしてくれたのか、ティムが微笑みながらそう言った。 「艦長ならすぐに片づけて来てくれますって」  信じて待ちましょう、と言われるのへ、はい、と頷いた。その拍子にまた涙が零れ落ちそうになったので、慌てて袖口でこする。  この雨具も、中に着ている外套も、抱えている背嚢も、すべてエリックに借りたものだ。きちんと返したい。だから、無事にいて欲しかった。 「滝って、その奥のですよね?」  ティムは背後を振り返り、入り江の一番奥で滔々と流れ落ちている滝の様子を確認する。エリックが指示したのは恐らくあれのことだろう。  頷くと、よし来た、と言わんばかりに漕ぐ手に更に力を入れる。本来ティムは頭脳労働が専門なので体力面ではかなりひ弱だが、これくらいの距離ならさすがになんとかなる。入り江の外で繰り広げられる戦闘の影響による波が中に押し込むように流れて来ているので、後押しされているのも幸いだ。  砲撃の破片とかが飛んでくる可能性があるので、頭を下げて伏せていた方がいい、と言われ、ミシェットは言われた通りに頭を手で押さえ、船底に低く身体を丸めた。  残弾が元々少ないこともあり、無駄撃ちは出来ないと判断した砲手長は、艦長からの指示もあり、敵船の砲門に集中砲火を浴びせた。  島の陰に回り込んで待ち伏せされていることは想定していたようだが、こちらは更に一瞬早く、攻撃の手を放っている。攻撃準備の整った砲門に砲弾をまともに食らった敵船は、衝撃から大砲が暴発を起こしているようで、阿鼻叫喚の相を呈していた。反撃どころではないだろう。これで挟み撃ちにされる危機は回避されたことに、乗組員達は安堵する。  念を入れてメインマストへ向けて何発か撃ち込ませると、エリックは本隊がやって来るだろう東側の海に神経を遣った。  船影はまだ見えて来ないが、こちらよりそう遅れることもないだろう。 「左舷、全砲発射用意! 船影視認後、引きつけてから撃て!」  ベテランの砲手長は右舷側の攻撃は止めさせつつも警戒をさせたまま、すぐに左舷側に攻撃の指示も送り、エリックの意図した攻撃態勢を整えていく。  エリックはほんの少し焦っていた。  海賊と対峙したことは何度もあったし、危ないところまで追い込まれたことも一度や二度ではない。けれど、ここまで不利な状況で戦ったことはほとんどない。地の利を生かしてなんとか一隻は凌いだが、残りはどうだろうか。  逸る気持ちを抑えつつ指示を出し、入り江の方に目を向ける。小舟はまだ半分にも行っていないような位置で、戦闘の影響も考えられる距離だった。 「エドガー! 船を少し沖に出せ!」  出来るだけ戦闘域から離さなければ、と新しい指示を出す。エドガーはすぐに舵を切り、入り江から僅かに距離をつけた。 「増援はまだ見えないか!?」  雨が煙るように降っている為、視界がかなり悪い。濡れて張りつく前髪を払い除けながら、檣楼員に声をかけた。高い位置でも視界があまりよくないのは変わりないらしく、まだです、と報告が返る。 「あっ――いえ、見えました! 恐らく七隻!」  すぐに修正された報告に、エリックは北側に向けて双眸を眇めた。霧がかった視界の向こうに、薄っすらと船影らしきものが見える。クラウディオは間に合ったのだ。  あの艦隊がこちらに合流するまでなんとか持ち堪えれば、この戦闘は切り抜けられる。エリックの身体に力が籠もった。 「来ました!」  同時にコレットが声を上げる。島の東側を回り込んで来たゴッサムの本隊が、その舳先を覗かせたのだ。  射程距離は僅かに外だ。もう少し引きつけてから、と思うが、ゴッサムの船は速度を落とす様子はない。それどころか、こちらに対して垂直に方向転換させたかと思うと、そのまままっすぐに突っ込んで来る。  艦長の号令がなくとも、慣れた砲手長は的確に指示を出し、射程範囲に入ったと同時に砲撃を始めた。しかし、ゴッサムの船は撃ち返すこともなく、砲撃もものともしないまま突っ込んで来るのだ。エリックはハッとして身構える。 「総員、衝撃に備えろ! 特攻する気だ!」  檣楼員がマストの上から降りる時間はない。上から放り出されないように身体を固定してくれることを祈りつつ、エリックも手近な綱を握って足の裏に力を入れた。  こちらの攻撃はいくつか確実にゴッサムの船に当たっていたが、怯む気配など一切なく、まっすぐに突き進み――レディ・エスター号の真横に突っ込んで来た。船体が大きく揺すられるが、転覆するほどには傾かなかった。  海賊の戦い方はよく知っている。船を近づけてから移乗して攻撃するのが主だ。 「銃兵構え!」  指示を出すと同時に海賊船から鉤つきの縄がいくつも飛んで来た。鬨の声を上げながら男達が船上から身を躍らせ、こちらに向かって跳躍する。  その乗り込んで来るところを迎え撃つ。空中で足場のない不安定な姿勢でいる瞬間を狙い、逸早く構えた銃口が火を噴いた。飛び出したうちの約半数が急所に銃撃を受け、移乗する前に海へと落ちた。  雨の所為で火薬が湿気って何発も連射は出来ない。狙撃の間に剣を携えた士官達が抜刀し、残りの敵を斬り倒す為に構える。エリックも剣を抜き放ち、先陣を切って走り出す。  エドガーはその間に舵を取り、有利な体勢に持ち込めるように船体を引き離しにかかる。幸いにも食い込んだ部分は浅く、損傷もたいしたことはない。自走は可能だ。しかし、そこへもう一隻の海賊船に後方から突っ込まれる。舌打ちが漏れた。  身動き出来ないようにしようとしていることを感じたエリックは、これは手っ取り早く頭を抑えるのが吉と判断し、斬り結んでいた海賊の襟首を掴んで甲板の外へ投げ捨てる。悲鳴のあとに水音が響いた。 「艦長ッ!」  エリックが敵船に向かって走って行くのを見たコレットは、また悲鳴じみた声を上げて制止する。どうしていつも自ら先陣を切るのか。指揮官は後方にいて戦況を見極め、的確な指示を出してくれればいいのに。  しかし、エリックは止まらない。新たに乗り込んで来た海賊を一人、二人と斬り捨てると、助走をつけて敵船の舳先の丸太に飛び移り、身軽く上に上がると甲板に降り立った。  レディ・エスター号に移乗する為の用意をしていた海賊達は、たった一人で乗り込んで来た士官の姿に驚き、幾人かは怯んだ。その隙を逃さず、エリックは大きく踏み込んで殴りつけ、昏倒させて無力化を図る。  更に一瞬怯んだ隙を狙って剣を振り下ろし、手近な男を引き寄せて海に放り投げると、どよめきが起こった。なんと力任せな戦い方だろうか。乱戦慣れしている。  その騒ぎに、後甲板にいたゴッサムが気づいた。  乗り込んで来た士官が誰かは知らないが、度胸の据わった若造だ、と鼻で笑った。 「なにしてやがる! そんな小僧一人、囲んでやっちまえ!」  馬鹿な奴だ。見たところ、多少は戦い慣れしているようだが、たった一人で敵地に乗り込んで来るとは、戦功を焦って気が逸っていると見た。
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