交戦(3)

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交戦(3)

「船長! 船だ! ブライトヘイル海軍船が向かって来てる!」  エリックが剣を構え直し、ゴッサムも同じく剣先を向けて来たとき、マストに登っていた海賊のひとりが叫んだ。  雨の所為で霧がかってよく見えなかった船影が、今はもうはっきり見える距離にまで迫って来ていた。その数は十二隻だった。  なに、とゴッサムは一瞬振り返るが、すぐに怒りに赤くなった顔をエリックに向け直す。 「小僧……貴様、仲間が来ていることに気づき、時間稼ぎでもするつもりだったのか!」 「まさか」  エリックは首を振って微かに笑った。 「合流する前に、お前達を沈めるつもりだったよ」  老海賊の顔が完全なる怒りにどす黒く染まる。太い眉を吊り上げて双眸を剥き、剣を握る腕に力が籠もった。  ゴッサムの足が強く床を蹴る。エリックは傍らに倒れていた海賊の背中に突き刺さっていた手斧を素早く引き抜き、ゴッサムの剛剣を受けた。腕から肩にかけて痺れるような重さが伝わるが堪え、力任せに弾き返した。  視界はまだチカチカするし、頭も少しグラつく。だが、足はまだしっかりしていた。  今の攻防で頭に昇った血が下がったのか、ゴッサムの表情が冷静さを取り戻していく。一呼吸置いて腰の帯から短銃を抜き、エリックに向けて構える。  あの短銃は単発式だ。一発しか弾は込められないし、次弾を装填する為には火薬と弾を込める手間があるので、その一発を躱せばあとはただの鉄塊だ。  この距離で躱せるだろうか――エリックは覚悟を決めた。  ゴッサムの親指が撃鉄にかかったと同時に、その懐に向かって走り出す。  そのとき、大きな衝撃が船体を襲った。揺れたゴッサムの銃口が上を向き、エリックの頭の遥か上の方を弾丸が越えて行く。 「な、なん……ッ!?」  砲声は聞こえなかった。それなのに、まともに砲弾を撃ち込まれたような衝撃だった。  振り返ったゴッサムの視界に、船体の側面に深々と突き刺さる鉄の棒が見えた。  その兵器にエリックは見覚えがあった。まさか、と思って増援の艦隊の方を見遣り、確信と共に双眸を瞠った。 「あれはクイーン・ステラ……やはり陛下か!」  艦隊の中程に指揮官旗を掲げて航行していたのは、ブライトヘイル王室の紋章を染め抜いた帆を広げ、優美ながらも堂々たるクイーン・ステラ号だった。  ゴッサムの船に撃ち込まれたのは、巨大な銛だ。本来は攻城兵器である(いしゆみ)を船体に搭載し、そこから発射したのだ。  古くは曾祖父の時代に考案された戦法だったが、弩自体が置き場所を取る上に重く、どうやっても船体の平衡を崩すこともあり、運用に支障があるとして廃案になったものだ。  それを持ち出すような無茶をやらかすのは、長兄のアーネストくらいだ。慎重派のクラウディオは決してしない。もっと理性的な作戦を立ててくれる。  随分と大船団でやって来たと思ったら、これを持ち出していたのだ。エリックは呆れると同時に、海賊船に移乗している乗組員達に急いで退避を命じた。  砲声はほとんど聞こえなくなったが、その代わりに鬨の声と銃声がひっきりなしに聞こえるようになった。  ミシェットは不安になって僅かに顔を上げ、遠ざかって行くレディ・エスター号の姿を視界に収める。水夫のひとりが海面へ落ちて行く姿が見えた。  戦闘状態になっているのだと思うと恐ろしくなる。  エリックは無事なのだろうか。怪我をしたり、先程の水夫のように海に落ちたりはしていないだろうか。  エリック以外にも、コレットやエドガーにベン、シーモア――他の名前もよく知らない人々は、みんな無事だろうか。せめて大きな怪我を負っていないことを祈るしかない。 「お嬢さん、危ないから伏せて……」  あと少しで奥の砂浜に辿り着ける。入り江の外ほど岩礁もなく、岩場も少ないようなので、途中で舟を降りずともよさそうだ。  随分と時間がかかってしまったが、何事もなくてよかった――と安堵しかけたティムの耳に銃声が谺した。  今までよりも大きく響いた音に驚いてミシェットが顔を上げると、ティムが右の肩を抑えて身を折るところだった。 「ティ……ティムさん!」  驚いて身を起こし、倒れ込んで来るティムに向かって手を差し伸べる。  ティムの右肩は真っ赤に染まっていた。今の銃声で撃ち抜かれたのだと、こういう経験が少ないミシェットにもすぐにわかった。けれど、これをどうすればいいのかわからなかった。 「ティムさん、ティムさん、しっかりしてください!」  早く手当てしなければいけないのだろうが、恐ろしくて手が震えてしまう。なんとか寝かせようと四苦八苦していると、急に何処からか笑い声が聞こえて来た。  いったいなんなのだ、と思って辺りを見回すと、入り江の口のあたりに、硝煙を燻らせる短銃(ピストル)を構えた女の姿があった。  揺れる小舟の上からこの距離でよく撃てたものだ、とエリックやコレット達なら感心したような腕前だったことだろうが、ミシェットにはそんなことはわからない。ただその女の正体に気づき、血の気が引いた。 「――…アイリーン、叔母様……」  信じられない思いでその名を口にする。 「どうして……」  国元にいる筈の叔母が、何故この場所にいるのだろうか。  けれど、高らかに響いたあの笑い声も、その容姿も、紛うことなき叔母の姿だった。  アイリーンは艶然と微笑んだ。 「ご機嫌よう、可愛いマリー・ミシェット」  朗らかな声音でそう告げると、もう一挺の短銃を手に取る。その銃口はミシェットの方を向いていた。 「あなたの大好きなお父様とお母様のところへ、連れて行って差し上げる為に来たのよ」  嬉しいでしょう、と微笑んだ叔母の指が、撃鉄へとかかった。
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