海からの迎え(1)

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海からの迎え(1)

「第二、第三隊も射出成功しました!」  (いしゆみ)を搭載した船はあと二隻あり、それぞれが一隻目と同様に海賊船へと巨大な銛を撃ち込んだ。  三隻分で足りて丁度よかった、とアーネストは笑う。弩が足りなくても、艦隊を率いて来たのだから問題はなかったが、手っ取り早い方がいい。 「固定完了! 砲兵員も退避完了しました!」  次の報告があり、アーネストは頷く。そうして、短く「やれ」という命を下した。 「砲撃用意! ――()ぇッ!」  号令と共に同時攻撃を示す為の旗が振られ、各船の砲門が火を噴く。その砲弾が狙ったのは、自軍の船だった。  海賊船に撃ち込んだ銛には頑丈な綱が装備されていて、その綱の端を船のメインマストに括りつけて固定してあった。その三隻の船を他の船から一斉に砲撃したのだ。  攻撃を受けた船は、予め海水を詰めた大量の樽を積み込んで重くしておき、更に巨大な弩を乗せることで平衡(バランス)を崩し、少しの攻撃で沈むように計算していた。指示をしたのはクラウディオだ。  船は計算通りすぐに沈み始めた。船体が沈み始めたことで、マストに固定されていた綱も海中に引き込まれて行く。すると、その先にある銛も引きずられ、海賊船は徐々に傾き始めた。  自分達の船が平衡を崩し始めていることに気づいた海賊達は、少し前まで突然逃げ出したエリック達を追い駆けて笑い、次に聞こえて来た砲声で「あいつら自分の船を攻撃してやがる」と笑っていたというのに、今は逆に悲鳴を上げ始める。 「おい! こっちが沈んじまうぞ!」 「ブライトヘイルの奴ら、なんてことしやがんだ!」 「ふざけるなよ、チクショウ!」 「なんてことだ!」 「船長! どうしやしょう!?」  ゴッサムは怒りに全身が震えた。  なんということをするのだ。自らの船を沈めてしまうなど、正気の沙汰とは思えない。  この大きな銛を引き抜けば道連れになるのは回避出来るだろうが、どう考えても間に合う気はしない。こちらの船も既に傾き始めている。 「動ける奴ぁ脱出艇に乗り込め!」  愛する船を捨てるのは嫌だったが、自分を慕ってついて来てくれた船員達の命には代えられない。アジトに戻れば金はあるし、それで船はまた作れる。  歯軋りしながら脱出艇の用意をさせる。元々船から逃げることは想定していないので、脱出用の小舟は、強奪した財宝をアジトに持ち込むときに使う程度にしか考えておらず、二艘しか用意していない。三十人ほどいる船員の全員が乗れるかは賭けだ。 「船長、舟がねぇよ!」  怪我人を助け起こしていると、小舟の用意に行った船員のひとりが悲鳴を上げた。  なんだと、とそちらに詰め寄れば、確かに一艘しか見当たらなかった。おかしい。いつもここには二艘積んであったし、今回も海に出る前に一応の確認はしていた。見落としてはいない筈だ。 (あの女――?)  ハッと気がつく。今回の仕事の依頼人であるアイリーンと、その彼女が連れた二人の従者の姿が船上の何処にもないことに。  消えた小舟には、あの公女様が勝手に乗って行ったのだ。なんという身勝手な女だ。乗船は許可したが、ゴッサムのものを勝手に使ってよいという許可はしていない。  怒りの持って行き場がなくなったゴッサムは、思わず雄叫びを上げた。どうにか発散しないとなにも考えられなくなる。  そうこうしてなんとか気持ちを落ち着けながら、小舟には乗れるだけ乗って海に出たら、残りの者は板にでも掴まっているように指示を出す。幸いにも陸地はすぐ目の前だ。溺れ死ぬことはない。  脱出に手間取っているうちに、船はどんどん傾いて行く。綱で繋がれたブライトヘイル軍船は既にほとんど海中に沈んでおり、こちらももういくらもしないうちに平衡を失い、海底へと引き込まれていくだろう。腹立たしい。  甲板に積んであった酒樽からは勿体ないが中身を抜き、板の代わりに使う。雨水貯水用の樽も同様だ。これで何人かは浮くことが出来る。  ゴッサムも樽のひとつを抱えて海に飛び込もうとしたが、そのとき、視界の端にエリックの姿が見えた。こちらの体当たりを食らってもたいした損傷のなかった軍船は、沈没していくゴッサム達の船団を見下すようにそこに在り、それが無性に癇に障った。 (ただで沈んでやる気はねぇぞ、小僧!)  ゴッサムは抱えていた樽を放り出すと腰から鉤つきの縄を取り出し、それを目の前の軍船に向かって投げつける。鉤がしっかりとかかったことを確認すると助走をつけ、そのままレディ・エスター号へと飛びついた。  鉤縄でゴッサムが渡って来たことは、誰も気づいていなかった。  水夫達は乗り込んで来た海賊達を捕縛し、死体になった者は甲板の上に並べたり、船体の被害状況を確認していたのだが、そのうちの一人が悲鳴を上げて倒れた。それを傍で見ていた仲間が、あっ、と声を上げたと同時に斬りつけられて悲鳴を上げる。  ざわめきに気づいたエリックが振り返ると、そこにはゴッサムが立っていた。  髪を振り乱し、肩で大きく息をしている老海賊は、剣とナイフを携え、血走った目でエリックを睨めつけている。 「儂の船は沈んじまうよ。貴様の所為でな! 王子!」  剣先がまっすぐにエリックの喉許を指し示す。 「自業自得ではないか、海賊!」 「止せ、コレット大尉」  襲って来たから反撃に遭っただけのことだ。それについて物言いをつけるとは、逆恨みもいいところではないか。そんな覚悟もなく長年海賊をやって来たのか、と歯を剥くコレットを制し、エリックは静かにゴッサムを見つめた。 「その恨みを、俺の首で贖うつもりか」 「ああ、そうさ! 一対一(サシ)で勝負しろ!」  立場は違えど同じ船乗りとして、自分の船を失う悲しみやつらさはよくわかる。  だが、それとこれとはまた別の話だ。  エリックが静かに「断る」とひとことだけ告げると、老海賊は虚を突かれたようだ。その身体から一瞬力が抜けた瞬間を狙い、じりじりと距離を詰めていた水夫や士官が飛びかかった。  完全なる多勢に無勢ではたいした抵抗が出来る筈もなく、ゴッサムの手からは武器が奪われ、そのまま背中の方へ腕を捻り上げられると、四人がかりで全身を甲板の上に抑えつけられる。いくら老齢とはいえ、その筋肉のつき方を見て、これくらいの人数でもないと抑え込めないという判断は正しかった。  手脚も完全に抑えつけられたゴッサムは、罵声交じりの悪態を吐きまくった。 「チクショウ! 卑怯だぞ、小僧!」 「卑怯で結構。これでも一応は指揮官だからな、決闘などという愚を犯すわけにはいかん」  ゴッサムの太い腕に縄をかけながら、どの口がそれを言うのか、とコレットは呆れる。敵船にたった一人で突撃したのはついさっきのことではないか。  念には念を入れてしっかりと縄で縛り上げると、卑怯者、腰抜け、と喚いて五月蝿いので猿轡を噛ませ、捕縛を済ませた他の海賊達のところへ引きずって行った。  怪我を負った者には一応簡単な手当てをしてやり、人数を数えてみると、生きているのが二十人ほどで、死んだのが八人だった。  こちらの被害も確認してみると死んだのは二人だけで、あとは何人か骨を折った者と斬られた者がいるようだが、重篤な大怪我を負った者は少なく、エリック達の大勝利と言えた。尤も、アーネスト達の援軍があったからの勝利なので素直には喜べないが、長年南海を荒らしていた海賊ゴッサムを捕らえられたのは最大の僥倖だ。  ゴッサムの仲間達のことはどうしようかとも思うが、そちらは向かって来ているアーネスト達の艦隊に任せておけばいい。もしかすると、先程の緊急事態を知らせる砲声に気づいた南方支部からの艦隊がやって来て、手柄を取って行くかも知れないが、それでもいいと思う。コレットあたりが怒りそうだが、今のエリック達には、逃げ出す海賊達を捕まえるような余裕が少し足りない。 「ベン、舵はどうだ?」  怪我の手当てをしているエドガーに代わり、舵はまだベンが握っている。  ゴッサム達の船から船尾にも体当たりを食らっていたので、どうなっているのか不安があったが、問題ありません、という頼もしい答えが返る。頷き返しつつ、コレットからも船体の被害状況を聞き取る。航行に問題はない範囲の損傷だとわかり、エリックは安堵した。 「下に落ちた者がいたら助けてやれ。小舟の用意を頼む」  エリックはまだ僅かに痛む右目のあたりを押さえながら指示を出し、自分もその舟に乗り込むことにして歩き出す。  それに気づいたコレットが慌てて駆けつけ、押し留めようとする。 「艦長――いいえ、エリック殿下。頭を打たれているのなら、無理はいけません。すぐに船医に診せてください」  本人でさえも時折忘れているようにも見えるが、エリックは軍人であると同時に、王位継承権の第三位にある王子なのだ。万が一のことがあってはいけない。  コレットの切羽詰まった様子に、エリックも頷き返す。けれど、これだけは自分の手でしなければいけないことなのだ。袖を掴むコレットの手をそっと外し、肩を竦めた。 「約束したんだ。俺が迎えに行く、と」
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