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叡山電鉄貴船口駅、午前六時丁度着の始発電車を降りた私は、山間に吸い込まれていく深緑色の車両を見送り、眠気の残る目を擦りながら大きくのびをした。
昨日まで降り続いていた雨は止み、雲間から覗く朝日が、水滴の付いた緑葉にきらきらと反射する。
出町柳駅より約三十分かけて辿り着いたこの場所は、市街地からずいぶんと離れた山奥で、六月とはいえど早朝は寒さを覚えるほどであった。
「やっぱり貴船の空気は清々しいなあ」
そう、今宮先輩は澄んだ空気を胸に取り込むように深呼吸を繰り返す。
彼の服装はいつもシンプルで動きやすさを重視したスポーツカジュアルなもので、すらりと伸びる足元には、変わらずスカイブルーのランニングシューズが輝いていた。
ゲートのない改札をくぐり抜け、細く急な階段を下ると、直ぐに貴船神社行きのバス停が見える。そこに掲示される時刻表を確認した私は愕然とした。
「先輩、九時からしかバス出てません……!」
しかし、先輩は私の言葉に驚く素振りも見せず、いつもの如くにんまりと微笑んだ。
「ほな、ゆっくり歩いて行こか。ええ散歩になるやろ」
「本気ですか?」
彼は涼やかな目をすっと細める。
「大丈夫、三十分くらいで着くはずやろし」
そう言い放つと、私の返答も待たずして、軽やかな足取りで川沿いの道を歩き始めた。
バスの定刻まではあと三時間。そのまま待ち続ける訳にもいかず、私は足元を飾ったウエッジソールサンダルで、彼の後ろ姿を追いかけた。
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