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滔々と流れる水の音を背景に、長雨の影響でやや増水した貴船川を遡上するように一本道を進んでいく。
いくら早朝とはいえど、「京都の奥座敷」と称されるほどの名所ならば、少しくらいの人影があるものだと思い込んでいた。しかし、雨季故なのか人影どころか車の一台すらも通過しない。
周囲を見渡してみても、広がるのは風に揺れる木々のみで、私と先輩以外の参詣者は本当にいないようであった。
「そういえば紫野ちゃん、貴船の三社詣って知ってる?」
ゆっくりと私の前を歩いていた先輩は、くるりと身体を翻し、柔らかい声で告げた。
少しだけ早足で歩き、再び前を向く彼の隣に並ぶ。
「三社って、本宮、中宮、奥宮ですか?」
「うん、正解」
先輩は私を見下ろした。
「貴船神社にはね、古くから伝わる慣わしとして、正しい参拝順序があるねん。一つ目は本宮。二つ目が奥宮。そして最後に中宮である結社。ご利益に与るためには、この順番が大事やって言われてるんや」
例えば、縁結びのために結社のみを参詣したり、一番に訪れたりすることは、正しくご利益に与るためには避けるべきことであるそうだ。
つまり、その慣わし通りに順序よく参詣することが出来れば、憧れの今宮先輩との縁結びも夢ではないということなのだ。
しかし、意気込んだと同時にふわりとある疑問が浮かび上がった。
――先輩は誰との縁結びを願うのだろうか。
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