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乾きかけのアスファルトを歩き続け、ようやく辿り着いた神社を見上げた時、その壮観に私は思わず立ち止まった。
入り口に佇む朱塗りの鳥居は、初夏の陽光を浴びて光る鮮やかな万緑に引き立てられ、この世のものではないほどに美しく見える。そして、続く石段の両脇に並ぶ朱い春日灯籠は、現世から誘い出す灯のようで、気を抜けば簡単に飲み込まれてしまうような、そんな恐ろしい錯覚をも抱かせた。
「貴船神社って、こんなにも気味悪いところでしたっけ…」
私が小さく声を漏らすと、今宮先輩は首を傾げた。
「そうやろか? 僕は背筋が伸びる感覚がしてええと思うけど」
「でも、誰もおらんし、何か出てきそうで怖いやないですか」
「それが早朝の醍醐味や。誰もおらん貸し切りの貴船神社なんて滅多にないで」
そう、先輩は不気味な空気にも怯むことなく、シューズと心を弾ませながら、立ちはだかる濡れた石段を軽快に登っていく。
「ちょっと先輩! 一人にせんとってください!」
どんどんと離れていく彼を慌てて追いかけると、先輩は振り向き際に悪戯っぽく笑い、一足先に境内に続く門を潜った。そのあとに続き砂利の敷かれた静かな境内に足を踏み入れる。
ふと顔にかかった木漏れ日に視線を上げると、左手には本宮の御神木である桂の木が高く聳え、空を覆い隠す程に青青と繁っていた。それがまるで天に昇る勇ましい龍のようで、私は無意識に感嘆の声を漏らしていた。
「これは御利益ありそうですね」
「うん、ほんまやね。この桂には大地のエネルギーが充満してるらしいから、近くに立って祈ることで気力を回復してくれるって言われてるんやって」
そう話しながら、先輩は注連縄の巻かれた桂の下で静かに目を閉じた。それに倣い、私もゆっくりと瞼を下ろす。
その瞬間、涼やかな風が境内を吹き抜け、冴えた空気が全身を包み込んでくれるような、そんな不思議な心地がした。
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