大好きなひと

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「御察しの通り、交通手段についてです。あの日の朝、僕らは貴船口駅から貴船川沿いを歩いて神社へと向かいましたが、見かけた車は奥宮のすぐ近くにあった赤い乗用車だけです」  その乗用車の持ち主は、壬生であると判明している。つまり、北野はあの時刻にどのようにして神社を訪れたのかという疑問が残るのだ。  改めて言われてみれば実に単純なことであった。叡山電鉄の終電は二十三時台。その時刻以降に貴船町に足を運ぶには必然的に自動車が必要になる。もちろん物理的には徒歩も不可能ではないものの、二十代のうら若き女性の選択肢としてはまずあり得ないだろう。 「でも、近くに宿泊したり、タクシーを利用したりしてた可能性もありますよね」 「うん、勿論その可能性もある。前者については警察の方が捜査してはるはずやと思ってるんですが」  先輩は刑事さんへと視線を送る。すると、彼は「あぁ」と小さな声で肯定し、すぐに首を静かに横へ振った。 「結果は君の思ってる通りや。宿泊してた痕跡がなかったってことは、やっぱり何らかの手段で神社まで行って帰るつもりやったんやろう。そこで第三者が登場するって推理は良く分かった。……でも、被害者も丑の刻参りをするつもりやったんやろ? それやったら、彼女は第三者に見られたも同然やし、呪詛の効力を喪失することになりそうやけど」  少しばかり納得がいかないといった面持ちで、刑事さんは右手を口元に当て、うんと考え込んだ。  この喪失条件は事情聴取の際に今宮先輩が述べたことでもある。確かに、目撃されてはいけない呪術儀式に同行者がいるというのも不可解な話であり、そもそもこの殺人事件の発端が、儀式を目撃されたことなのだ。それでは辻褄が合わず、刑事さんが首を捻るのも無理はなかった。  今宮先輩が仮説を誤るなんて珍しい。そう思ったが、先輩はその指摘を待ってましたと言わんばかりににんまりと笑った。 「それが、一つのミスリードなんです」  その言葉にぞくりとした。
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