大好きなひと

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「ミスリード……?」  背景に鳴り響いていた雨音が強くなり、刑事さんの声量を殺す。 「えぇ、北野さんが丑の刻参りに訪れたこと自体が偽装であるかもしれへんいうことです。つまり、被害者が丑の刻参りに来たと思い込ませることで、第三者の存在を隠蔽しようとしたんです」 「ほな、北野さんは何をしに真夜中に貴船神社に行ったんですか?」  当然の如くそう問いかけると、先輩は私を見やった。  その優しい視線は私の肌を撫で、再び刑事さんへと向き直る。 「これは僕の憶測に過ぎませんが、北野さんは壬生さんの呪術儀式を止めようとしたんやないでしょうか。正確には止める、というよりも無効化すると言うべきですが」  淡々と告げられる先輩の台詞を耳に、刑事さんは反論するように声を上げた。 「それも明らかにおかしいやろ。調査の限りでは二人に接点はなかったはずや」 「直接的には、ですよね。では、その二人の接点となるのが第三者自身やったとしたらどうでしょう。説明はつきます」  鋭く刺さる指摘にも怯むことなく、今宮先輩は穏やかな口調で言葉を返す。 「そして、北野さんはその人物に自身が呪術儀式の対象になっていることを明かされ、助けを求められた。温厚で優しい彼女であれば、助けたいという一心で手を差し述べてしまうかもしれません。それが結婚を意識した相手であれば尚更です」 「なるほど。その人物が二人の接点っていうことは、そいつは二股をかけてたってことか。そして、それに気付いた壬生はその人物を貶めるために丑の刻参りを行った。……つまり壬生は被害者を知ってた可能性もあるってことや」 「はい。そうなると第三者の男性は、憎しみを抱く壬生さんの前に丸腰の北野さんを突き出したことになります。理由はどうであれ、彼は丑の刻参りの作法や伝承を理解した上で意図的に殺人が起こるように仕向けた。そして、壬生さんを貴船川へと突き落とし、更に北野さんの傍に藁人形が入ったバックを置いて現場の偽装をしたんでしょう」  これは許された行為ではない。そう、先輩は凪いだ声で告げる。  目まぐるしく飛び交う仮説と、泥にまみれた男女の話に、私は少しだけ眩暈感を抱いていた。いつもは涼やかなやか佇まいの先輩も、あからさまな嫌悪感を抱くように眉間に皺を寄せ、表情を歪ませる。  憶測の域は脱しないものの、先輩の推理は十分すぎるほど説得力のあるものだった。 「僕がお伝えしたかったことは以上です。言うべきことは言いましたし、追加調査の是非は刑事さんにお任せします」  ひと段落したところで。刑事さんは忙しなく立ち上がる。 「あぁ、話聞くだけで悪いな。情報提供おおきに。あとのことは警察に任し。君らはあんまり事件のことで気に病んだらあかんで」  私たちを安心させようとわざとらしく発された明るい言葉に、先輩はくすりと微笑んだ。
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