大好きなひと

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「紫野ちゃん、決めた?」  先輩はメニューと睨めっこする私に向かって問いかけた。 「えっと……パスタにするか、ご飯にするか悩んでて。先輩は決めましたか?」 「うん、スペシャルプレートにするで」 「やっぱりハンバーグなんですね」  そう告げると、先輩はにっこりとして頷く。  土日限定メニューでもあるスペシャルプレートは、人気の豆腐ハンバーグと味噌カツがセットで楽しめる。ご飯は雑穀米や玄米から選べ、みそ汁と総菜四種がついてくるという、満足感たっぷりのメニューである。  プレートメニューの魅力に負けて、私はからあげプレートを注文することにした。 「昔からお好きなんですか?」 「うん。ハンバーグと神社仏閣は子どもの頃から好きやな」 「……なかなか渋い趣味の子どもですね」  私の呟きを耳に、先輩はにんまりとした。 「神社の由緒にある神話とか、昔の人の怨念とか、妖怪退治とか、地獄とか、聞くだけでワクワクしやへん?」  軽やかな声音で話す先輩を見ていると、やはり彼は少し周囲と色の違う世界を生きていて、それでいて真っ直ぐで、大人も驚くような深い知識を持った秀才な子どもだったことは想像に難くない。  熱中する幼子のように純真で無垢な一途さが、彼の中には今でも存在している。 「ずっと昔から好きなものが変わらへんって、凄いことですよね」  好きなものをずっと好きであり続けることは意外と難しい。それは、食べ物や趣味だけでなく、好きな人に対しても同じだと私は思う。  人の心は移ろいやすく、たった一人の相手を思い続けることは易いことではない。盲目に愛した相手でも、結婚を約束した相手でさえも、ほんの些細なきっかけで心が離れてしまうことだってあるだろう。諸行無常と謳われるように、この世の万物は流転し、次々と変化していくものである。ゆえに、実態のない人の心ほど不確かなものはないからだ。  今宮先輩は涼やかな瞳を瞬かせると、静かに私を見遣る。 「紫野ちゃんはちょっと移り気なところあるよね。お洒落にも、流行にも敏感やし」  くすりと微笑む彼の言葉に、私は牽制を受けたような気持ちになってどきりとした。しかし、こんなことで怯んでいてはいけない。  私は宣言する。 「確かにそうかもしれません。でも……大好きな人はこれからもずっと変わらへん自信はあります」  強く、真っ直ぐに、あなただけを思っているのだと言うように。 「そっか、紫野ちゃんは素直でいい子やね」  甘く撫でるような声音で紡がれる言葉とともに、ふんわりと細められた瞳と視線を交えたその瞬間、私は反射的に彼から目を逸らした。赤らむ指先に視線を落とすと、目の前の大好きな人は不思議そうに柔らかい声で私を呼名する。  じわりと滲む汗が更に体温を上昇させ、火照る身体を冷まそうと冷水を口に含んだ時、注文していたランチプレートが届けられた。
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