大好きなひと

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 それから四条通を東へ歩き、四条大橋を半分ほど渡ったところでぽつりと大粒の雨が降り始めた。それは瞬く間に激しさを増して、視界を濃霧のように曇らせる。 「紫野ちゃん、そこの駅まで走るで!」  その台詞を合図に、彼の背中を追いかけるようにして雨を潜り抜け、私たちは京阪(けいはん)祇園四条(ぎおんしじょう)駅へと続く地下階段の屋根の下に身を滑り込ませた。  肩に乗った大粒の雫を払いながら、私は隣に立つ先輩の横顔を見上げる。すると、彼はふわりと視線を移動させ、私を見下ろした。  視線が重なり合った瞬間、彼は口元を綻ばせる。 「急に降ってきたでびっくりしたなぁ」 「ほんま急でしたね。先輩、傘持ってますか?」 「うん、折り畳みやけど」  入り口にいては邪魔だからと言って、私たちはそのまま階段を下っていく。 駅の改札前の広場には、私たちと同じように雨から逃れてきたであろう人たちで溢れ返っていた。 「傘持ってるんやったら、どっか行く?」  人の間を縫うようにゆっくりと歩きながら彼は私に問いかける。 「そうですね。行きたいところってありますか?」 「うん、あるよ。嫌やなかったら、付き合ってもらってもいい?」  その声音は異様なほど、凪いだものであった。  私は恐る恐る顔を上げる。  勿論断るという選択肢はないのだが、彼が示した目的地が余りにも常識を逸脱していたが故に、一瞬だけ躊躇ってしまったのだ。  ――貴船神社。  確かに、嫌な記憶を上書きするためには、楽しい思い出が必要なのかもしれない。それでも、まだ記憶の褪せない今である必要があるのだろうか。  今宮先輩曰く、成し遂げられなかった結社への縁結びを行うためとのことではあったが、私はなんとなく別の意図を含んでいるような気がしてならなかった。  そう思わせるほど、行き先を告げる彼の瞳が、どこか瑞瑞しい色を見せていたのである。
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