水辺に潜む

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 緑滴る山間を走る叡電(えいでん)に揺られ、貴船口駅に到着した私たちは、マイクロバスに乗って目的地へと向かっていた。  外は変わらずの雨で、バスを降りると同時に私たちはそれぞれに携えていた傘を開いた。降り続く雨粒が地面にぶつかって、水面を跳ねる魚のように小さく弾け飛ぶ。  道沿いを流れる貴船川には、本来なら川床が並んでいるはずであった。しかし、連日の雨の影響で川は増水し、床の間は全て外され、支柱のみが残っている状態であった。 「そういえば、貴船神社って水占(みずうら)みくじが有名なんやってね」  先輩は万緑に囲まれた赤い鳥居を潜りぬけた直後、思い出したように告げた。 「聞いたことあります。水に浮かべるおみくじですよね」 「そうそう、よく当たるらしいで」  続く石段を登り、本宮の砂利を踏む。  視界を遮る篠突く雨のせいで、参詣者の姿も片手の指で数えられる程であった。  境内に湧き出る御神水の涼しげな流水音も傘を打つ激しい雨音に掻き消され、先輩の澄んだ低めの声は布を一枚被せたかのようにくぐもって耳に届く。 「折角ですし、一緒におみくじ引きませんか」 「うん、面白そうやし引いてみよか」  人気の少ない授与所でおみくじを与った私たちは、すぐそばにある御神水の泉を前にしゃんと背筋を伸ばした。どうか良い結果でありますようにと、一呼吸を置いて静かに紙を水面に乗せる。すると、真っ白な紙にじわりと灰色の文字が滲み上がった。  濡れた紙を優しく掬い上げ、導かれた文字に視線を落とす。  大吉  恋愛――思はず早くととのふ。  想像を超えた結果に心の中で歓喜の声を上げる。同時に、先輩は私の手元を覗き込み、にんまりと笑った。 「紫野ちゃんも大吉やったんやね」 「ってことは先輩もですか?」 「うん、ほら。ちょっと疑ってたけど、ほんまに当たってるわ。ここ最近良い事ばっかり起こってるなあって思っててん」  しっかりと殺人事件に巻き込まれながら何を言っているのだこの人は、と突っ込みたくなる衝動を抑え、私は差し出された紙に視線を滑らせた。  その瞬間、私はどきりとした。  恋愛――かならず叶ふ。  私の動揺を受け取ったかのように、彼の目がすっと細められたような気がした。
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