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ただ、彼は手段を誤ってしまったのだ。複数の女性の心を弄び、愛情を踏みにじり、命までも奪った。会社を失う危機に面していたとはいえど、その行いが罪に問われないはずがない。
「彼の心がほんまは何処にあったんかは分からへん。でも、そいつが救いようのないくらいクズなんは僕にでも分かる」
珍しく先輩の口調が荒々しくなったことに、私は少しだけ驚いた。
隣に佇む長身の先輩を見上げると、その視線に気付いた彼は私に柔らかく微笑みかける。その棘のある言葉など、幻であったかのように。
西院は警察の取り調べの中で、時折嗚咽を交えながら全てを吐き出したという。それでも、最後まで否定し続けたことがる。
それは壬生さんの殺害であった。
その時の彼の供述は常軌を逸するものであり、警察も不気味がって深く掘り下げることをしなかったそうだ。
「それだけがどうしても引っかかってね、こうやって現場を見に来たってわけ」
ようやく今宮先輩の言動が一致した気がした。
今宮先輩は、滑落痕の残る斜面に視線を落とす。
そこは想像よりも随分となだらかで、明るい今ならば足を滑らせても簡単に這い上がることが出来そうなほど高低差の少ない場所であった。
「……西院さんは、どんな供述をしたんでしょうか」
ほんの数秒の間を置いて、彼は低い声で告げた。
「僕じゃない、青白い手が彼女を川に引きずり込んだんや、って」
川から吹き上がる風が、私の背筋をひやりと撫でた。
――人を呪わば穴二つ。
視線の先に残るそれは私の恐怖心が造り上げた幻で、ただの思い込みなのかもしれない。
それでも、はっきりと私の目には映っていた。
人の手よりも大きく、獣よりも歪で、妙な湿り気を残す爪痕が。
「神様ってほんまにおるんかもね」
追い打ちをかけるような意味深な彼の言葉に、私はつま先から震え上がった。
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