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六月、しとしとと雨の続く季節であった。
毎週金曜日の例会を終えた私は、固い決意のもと、今宮先輩をデートへと誘うべく彼の影を探し求めていた。しかし、いくら探しても先輩の姿は見つからない。どうやら先輩はボックスへと忘れ物を取りに行くと部員に言い残し、早々に例会会場である文学部校舎第6講義室をあとにしたようであった。
校舎を出て傘を広げると、その影を追うように駆け抜ける。そして、ようやく彼の背後を捉えた私は、わずかに乱れる呼吸を整え、シューズと同じスカイブルーの傘に向かって声を掛けた。
「今宮先輩」
彼は軽やかな足を止めて、ゆっくりと振り返る。
「あれ、紫野ちゃん。今帰りなん?」
私の姿を瞳に映した先輩は、すうっと涼やかな切れ長の目を細めて笑った。私は偶然を装うようにゆっくりと小さく頷いてみせる。
「そういえば先輩」
「ん? どないしたん?」
「急なんですけど……明日暇ちゃいますか?」
「明日は地獄巡りに行くつもりやで」
「え、地獄?」
先輩は、あぁ、と首肯する。
突然に告げられた不穏な単語に、私は驚き狼狽えた。しかし先輩は私の気持ちなど知らぬと言わんばかりに、その涼しげな表情を崩すことはない。
地獄巡りとは何か。それが冗談であるのか本気であるのかも分からない上に、彼の場合、どんな場所でさえも簡単に赴くことができそうであるところがまた気味が悪い。
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