縁結びの神様

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 きっと、京都に詳しくない人でも一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。  貴船(きぶね)は、夏の川床(かわどこ)や縁結びを願う参詣者で賑わいを見せる場所である。  本宮(もとみや)奥宮(おくみや)が水の神様であるのに対し、中宮(かなみや)結社(ゆいのやしろ)」は縁結びの神様である磐長姫命(いわながひめのみこと)を御祭神としている。  つまるところ、今宮先輩と二人で貴船神社にお詣りして縁結びしちゃうぞ、といった趣旨の作戦であった。  勿論、決して神頼みというわけではない。共に縁結びを願い、縁結びについて語らい、縁結びを意識させ、そして行く末は先輩をメロメロの骨抜きにするくらいの女子力を見せつけるという、心理的アプローチを主とした策略だ。そのためにも、どうにかしてデートの約束を取り付けなければならなかった。  ようし、第一関門突破。と、キャンパス内を歩きながら、私は心の中でガッツポーズをした。  しかし、先輩は顎に添えた手をそのままに、何かを企むようににんまりと笑った。 「紫野ちゃん、貴船神社がどんなところか知ってる?」  隣に立つ、彼を見上げる。 「勿論です」  先にも述べたように、水の神様と縁結びの神様が祀られていることを告げる。 「あと、縁結びが有名になったきっかけとして、和泉式部の逸話がありますよね」  たしか、夫の浮気に思い悩んでいた和泉式部が、夫との復縁を願って貴船神社へ参詣したところ、夫の心を取り戻すことができたといった逸話である。  物おもへば沢の蛍も我が身よりあくがれいづる魂かとぞみる  離れていく夫を想いながら詠んだこの和歌は、悲痛な彼女の心を色濃く映すもので、御手洗川に飛び交う蛍を見ながら、想い余るゆえに自分の魂が抜け出してしまったのではないか、そう詠ったものである。  それは誰に向けられたものでもない、悲嘆する彼女の気持ちを乗せた独り言のようなものだった。しかし、行く当てのないその和歌に、どこからか返歌があったという。その声の主こそが貴船明神様で、その声と歌を聞き、冷静さを取り戻した彼女は、どうにか離れた夫の心を取り戻すことができたそうだ。  この逸話は、歌碑が残されているほど有名なものであった。  私の言葉に耳を傾けていた先輩は、小さく「甘いな」と溢した。
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