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忘れていたが、彼は神社仏閣や京都にまつわる伝承や伝説、逸話が大好物であった。
「元々貴船神社には、丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻に貴船明神様が貴船山へ降臨したことから、丑の刻に詣でれば心願成就するっていう伝承があったんや。そのことから、平安時代では貴船には夜に参詣するのが普通やったんやって」
いったい先輩は何が言いたいのだろうか。妙な胸騒ぎを抑えるように私は拳を握る。
「その心願成就から転じて謳われるようになったのが、縁結びと縁切りや。和泉式部の逸話から、縁結びだけが飛び抜けて有名になってしもてはいるけど、二者は表裏一体にある。和泉式部やってそうやろ? 夫と浮気相手の縁が切れたんやからね」
一通り語り終えると、先輩は先程までの言葉とは裏腹に子どもっぽく悪戯に笑いながら、高らかに言った。
「せやから、紫野ちゃん。縁結びしに行くんやったら丑三つ時がおすすめやで。一番ご利益与れるんやし」
「えっ、丑三つ時?」
「うん、って言いたいところやけど丑三つ時はさすがに無理やで、始発で早朝詣りや」
降り続いていたはずの雨はいつしか弱くなり、傘を閉じた先輩はスカイブルーのシューズを弾ませながら、浮かれた様子でくるりと回ってみせた。
かくして私たちは、始発電車に乗って早朝貴船神社詣りを決行することとなったのである。
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