渋谷

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渋谷

 道玄坂を下る途中、麻衣の頬がしっとりと濡れた。  ーー雨だ。  ポツポツと濡れる黒のパンプスが目に入り、足を止め空を眺める。もったりと灰色の重そうな雲が渋谷の空を覆っていた。  朝の天気予報の降水確率は20%と低く、手に傘は無いし、鞄の中にも無い。もってくれ、という願い虚しく、雨の勢いはどっと増した。黒い鞄を頭に乗せ、目に入ったコンビニへと逃げる。 「ふー」  コンクリートを叩く雨音が街に広がる。  世の中の人は準備がいいなと、色とりどりの傘が開くのを眺めながら麻衣は肩を落とした。  目的地はここから10分程度だ。  普段なら大したことない距離。  止みそうにない雨に麻衣は諦めてコンビニの中へと踏み入れた。ただ家に帰るだけならカフェで時間潰すとか、濡れるのも気にせず走って帰ったはずだった。  しかし、麻衣が向かっていたのは自宅では無く、内科医。医療事務の面接だった。ずぶ濡れで行って受かるはずがない。  沢山あるビニール傘を一本引き抜く。値札には600円と書かれていた。買うと決めたはずなのに、その値段に足が止まる。600円あれば大好きなタピオカミルクティが飲めてしまう。傘を持ってこなかった事を今一番後悔した。
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