円山町

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円山町

 可愛い人だと拓也は思った。  リクルートスーツに身を包み、彼女の長い黒髪が風に揺れていた。  拓也は口元に煙草を持っていき、横切る彼女の顔を盗み見る。就活生ですかと、声でも掛けようか思うものの、もうすぐ授業が始まる事を思い出す。  彼女はビニール傘を傘立てに差し込むと、コンビニへと入っていった。  あと一年もしないうちに自分もああなるのだと思うと、少し嫌になる。テキトーに学校へ行き、程よく勉強し、バイトして、寝る。そんな今の生活を拓也は気に入っていた。  煙草を一本吸い終わる頃、リクルートスーツの彼女が出てきたが、拓也に目を向けることなく足早にコンビニを離れていった。 「あれ、傘」  傘立てには彼女のものであるはずのビニール傘は立てられたまま。しかし、もう拓也の目には彼女の姿を捉えることは出来なかった。  拓也はそのビニール傘を手に取る。まだ真新しい傘だ。天気予報では今日の夜、また雨が降る。  ーーあの人が来る。  少し思案した後、忘れられたビニール傘を手にしたままその場を離れた。
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