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決意
「今頃、みんな私のことを探しているかしら」
まあ、十中八九探しているだろう。自分は別に誇るつもりはないが、この国の第一王女なんだ。それなりのトラブルにはなっているはず。
「まぁ、見つかる心配はないわよね。ここなら」
そう私は今、コンテナの中にいる。
辺りは真っ暗闇で、光は一切届かない。いるのは私とたくさんの閉じられた傘だけ。
「はぁ……。強すぎる……」
私と母様との戦いは一瞬で終わった。詳細は話したくない。ただ言えること。それは瞬殺だったということ。それだけを今は述べておく。
「この手は使いたくなかったけど、仕方ないわよね……」
ということで、私は誰の許可も得ることもなく、地上世界アグロスに降りることにした。私はもうあの窮屈で退屈な生活には耐えられない。地上世界を見てみたいという衝動は、誰にも止められたくなかった。私自身もこの衝動を抑えきれなかったのだ。
この暗闇の中、することもないので、脱出計画を整理してみよう。
まず第一前提として。私たちの国グラウクラスは、定期的に傘を地上世界に捨てている。ゴミ処理みたいなものだ。正確には違うけど。
「まあ、ある意味ゴミ処理よね……」
私は自分の周りに無造作に散らばっている傘をチラチラと見る。傘はどれもきれいで汚れなどはついておらず、閉じた状態のまま。見た目は新品みたいだ。
「うぇ……」
しかしこの傘の正体を知っている私は、吐き気を催すとまではいかないが、気分が相当害される。
「はぁ……。ここから早く出たい……」
そしてシャワーを浴びたい。ひたすら体を洗いたい。
おっと、思考がずれてしまった。
えっと、どこまで考えたっけ。ああ、そうだ。傘を定期的に地上世界に捨てるところまでだ。
その傘たちは複数のコンテナの中に詰められ、そのコンテナはベルトコンベアで国の端っこまで自動的に運ばれる。
そして、国の端。つまり地上の果て。地上の終わり。これが正しい言い方なのかは分からないが、地上世界を知らない私には果てであるのだ。そこから一寸先は空が広がっている。
その果ての世界でコンテナは斜めに傾けられ、傘は一斉に地上世界に放り出される。
そして、私はそのコンテナの中にいる。ここにある傘と一緒に放り出される計画。
「うん、計画通りに進んでる。大丈夫大丈夫」
ただひとつだけ懸念材料はある。私は左手に握っている赤色の傘に視線を落とす。
「あなただけが頼りよ……」
傘の柄を握る指にいや応にでも力が入ってしまう……。
予定通りならそろそろ目的地に着くはずと、そう思った時だった。コンテナがガゴンという鈍い音をたてて止まった。
「着いた……?」
一呼吸する。
ガコンガコンという音が響いてきた。
コンテナが斜めに傾けられていくのが体感で分かる。
私は傾きに対抗するために手足を使い、コンテナの中で踏ん張った。いや、これ思っていたよりかなりきつい。背後から傘も何本も落ちてきて頭や背中に当たってるし。痛い。
「まあ、どうせ私も落ちるんだけどね……」
前方。徐々にコンテナの扉が開かれていく。隙間からは光が漏れてくる。光の先には青い空しか見えない。その青い世界に閉じられた傘が何本も吸い込まれるように落ちていく。光を見て安心する気持ちも芽生えたが、同時に落ちていく傘たちを見て、恐怖という気持ちも湧いてきた。そう、一寸先は何もない空なのだ。
コンテナのドアは完璧に開かれた。もうコンテナの動きも完全に止まった。あとは踏ん張るのをやめて、一歩踏み出すだけ。
「――ここから私の旅は始まるんだ」
私は一瞬だけ目をつぶり、そしてすぐに開いた。目の前にはただ吸い込まれそうな海にも似た青い空が広がっている。
「うん、行こう」
足と手の踏ん張りを解く。解放されていく自分自身の体。
私の体はコンテナの中から飛び出し、瞬時に青い世界に落ちていく。
左手には赤い傘の柄をしっかりと握っている。これは特別な傘。王家の者だけが持つことを許される特別な傘。これさえあれば――そう、大丈夫。きっと上手くいく。
そして私は誰に言うでもなく、とりあえず決まりの言葉を言っておくことにした。
「いってきます」
『シルムガール』プロローグ(終)
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