白亜の城 2

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 黒い衣装を身に纏った薄紫色の髪をした人形は立ち上がるとスカートをつまんで優雅にカーテシーをする。 「まぁまぁ、三人もお客様がいらっしゃったなんて」  頭の石耳を揺らしながら人形は芝居がかった動作で口に手を当てる。  姿隠しの薬を飲んでいるのに彼女には見えているのか。 「あいつは強そうだ。お前たちは後ろに下がっていろ」  エルシュトの言葉に従い、後ろに下がる。見た感じ、この部屋に扉はなかった。どこかに移動用の魔法陣はあるのかもしれないが、血の跡でどこもかしこも汚れていて見つけるのは難しそうだった。  そうしているうちにも戦いは始まっていた。  ふわりと軽やかに糸につりあげられたように人形は飛び上がるとスカートを翻してある一点を蹴り下ろす。  ガキンッ!  固い鉄同士がぶつかる音と共に火花が散った。人形はそのまま宙返りをして、また一撃、二撃と蹴り技を繰り出す。それに合わせてまたガキンガキンと音が鳴る。 「飛んで跳ねて♪真っ赤な絨毯の上♪  飛んで跳ねて♪くるくる回る♪  血の海の中♪」 「気色悪い歌を歌ってるんじゃないよっ!」  くすくすと人形は笑いながら、歌いながら、踊るようにして攻撃を繰り返す。軽そうに見えるが、ぶつかり合う音は重厚だ。  トントンと壁を蹴り、床を跳ね、くるくるとその場で回転する。  強い。  エルシュトの加勢をしたいが、姿が見えない以上、互いを攻撃してしまう危険性がある。 「ユーリス!」  どこにいるのかわからないもう一人の仲間の名前を呼ぶが、返事がない。  「ぐあっ!」  エルシュトの悲鳴が上がる。  べちゃりと人形の足に血が付いている。血が付いた片足をあげたままくるりとその場で回り、微笑む。  とんっと予備動作なく飛び上がる。  人形が飛んで跳ねる度にぴしゃりと人形の足が赤く染まっていく。 「エルシュトさん!」  彼女も必死に防御はしているのだろう。時々鉄が打ち合う音はするものの、最初のような勢いはない。  人形の動きが早すぎて防御が間に合わないのかもしれない。  ひと際高く、人形が跳ねあがる。  その胸に何かがトンっと当たる。ナイフだ。 「”凍てつけ”」  ユーリスの声がしたと思うと、ナイフが当たった個所からピキピキと人形の身体が凍っていく。 「あらー?」  氷の重たさでバランスを崩した人形はその場にどさりと落ちる。  それと同時にエルシュトの姿が見えるようになる。どうやら薬の効果が切れたらしい。あちらこちらに怪我を負ったエルシュトが大剣を地面に突き刺してそれにもたれかかるようにして立っている。  レヴはすぐにエルシュトの傍に近寄ると彼女にポーションを渡してその前に立つ。  ユーリスもエルシュトの傍で片膝をつき、彼女の怪我を見ている。 「レヴ、あんな氷の魔法なんてすぐに溶ける。気を付けろ。  攻撃しようとするな。身を守ることだけに集中しろ」 「わかった」  彼女の身体を引きずってユーリスが後ろに下がっていくと、タイミングよく人形は立ち上がる。胸に氷の後が少しついているものの、人形がその場でとんとんっとジャンプするとその欠片も地面に落ちた。 「今度は貴方が相手をしてくれるの?」 「ええ、若輩者ではありますが」 「ふふ、お姉さんに任せて。  お姉さん踊るのはとっても上手なのよ」  可愛らしく小首を傾けて上品に笑うと人形は音もなく床を滑るように近づいてきた。  人形の攻撃手段は足だ。  レヴは槍の穂先を足に引っ掛けて、くるりと柄を回す。それに合わせて人形もくるりと回り、そのままの勢いで蹴りを繰り出してくるが、それ身を反らして躱す。  くるくると槍を回し、蹴りの勢いを相殺するように打ち合っていく。  じんっと打ち合うたびに槍の絵が震える。だがその震えを収めるようにぎゅっと握りしめて、人形の動きに合わせて右から下からと縦横無尽に飛び回る足だけに集中する。 「レヴ、背中!」 「へ?」  足だけに集中していたのが悪かった。とんっと私の上を宙返りした人形がレヴの背を押す。  バランスを崩したレヴの背後を人形が思い切り蹴飛ばす。その勢いのまま壁にぶつかり、頭を打つ。  頭を振って立ち上がろうとするが、くらりと視界が歪む。だらりと顔に何か液体が流れる。先ほど頭を打った時に額かどこかを切ったらしい。  槍を手に立ち上がる。  歪む視界の先で今度はユーリスがあの人形と戦っている。黒い剣を持って。  戦うのは得意じゃない。期待するなと言ってなかったっけ。  片手剣を手に持ってうまく彼女の蹴りを軌道を反らして紙一重で避けているようにも見える。とにかくすぐに彼の援護にいかないと、と立ち上がる。その時にポケットに突っ込んだ草がぱらりと地面に落ちた。  その中に見知った草が一つだけある。  レヴはその草を一つ手に取ると、人形に向かって突進する。  突進してくるレヴを見てユーリスは蹴り下ろす人形の腕を絡み取る。そのまま身体を拘束し、突進してくるレヴもろとも三人で床をごろごろと転がる。 「あらまぁ」  驚いて口を開ける人形の中へレヴは草を突っ込み、そしてブルーポーションをかける。 「あっづぅぅヴヴヴ!!!!」  喉をかきむしるように人形がもがく。ばたばたと手足を動かしてレヴとユーリスを力任せに引き離して放り投げる。 「ーーーーーーッ!!」  人形が声にならない絶叫を上げている。うねうねとやわらかな薄紫の髪がとぐろを巻く。  許さないというようにあたりを見回すと、人形の目が壁に横たわるエルシュトを見つける。  震える唇を弧にして、人形はエルシュトに駆け寄ると勢いよくその身体目掛けてジャンプし、降下した勢いのまま足を突き刺す。  確実に殺せる威力だった。  しかし聞こえた音は固い石が壊れる音。  柔らかな肉を裂き、骨を打ち砕き、血を浴びる事はなかった。  人形がおかしいと突き刺さった足を引き抜こうとした時、その背を大剣が薙ぎ払う。  べキリ、人形の身体が二つに折れ曲がる。 「悪いが、舞踏会はこれで終わりだよ。  嬢ちゃん」  エルシュトが人形をそのまま力任せに斬る。  二つに両断され、床に崩れ落ちた人形は二度とその場から動くことはなかった。
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