白亜の城 1

1/4
前へ
/30ページ
次へ

白亜の城 1

「うーん???」  濃紺の長い髪の毛を揺らしながら少女は道の真ん中に立つ武骨な木で作られた看板の前で唸り声をあげながら、それとにらめっこしていた。  目の前に看板はもう何年も前に作られたものらしく、書かれていたであろう文字が虫食いや日焼けによって消え去り、ここに立ち寄った旅人の落書きが書かれている。  その落書きの中にフォードラッセという文字がないかを看板の裏に回ったりしてよく確認するが、なさそうである。フォードラッセとは町の名前でここらへんでもっとも大きい中型都市に区分されている。人の出入りもそこそこ多いはずなのだが、少女がいるこの通りは旧外街通りで道は舗装されていない上に魔物が出る事もあるためほとんどの人は利用しないのだ。故に誰かに聞こうと思っても聞けない。  しかも道を間違えたら一日二日は遠回りになる上に、余計な出費が出る。お金は余分にあるといえばあるのだが、それでも足りなくなる可能性を考えると慎重にならざるを得ない。  だが無常にも時間は過ぎていく。空が今はまだ明るいが、悩み過ぎてここで野営にする羽目になるのは困る。  こうなったら木の枝が指さした方向にでも行こうか。  少女はふぅと息を吐くとそこらへんに落ちている木の枝を取ろうとして身を屈め……聞こえてきた音に耳を澄ました。  二つ、歩く音が聞こえる。軽い音が一つと普通の足音。  少女は足音が聞こえる方角を見て、現れた少年とぬいぐるみを見ると大急ぎで駆け寄った。  これが少女レヴと少年ユーリスの出会いであった。 「で、フォードラッセに君は何の用で行くの?」  紺のマントに白い髪を後ろで三つ編みで結んだ少年というわりには落ち着いた表情をした彼はユーリスと名乗り濃紺の髪の少女―レヴ―に尋ねる。レヴは背中にしょった槍を指で示しながら笑顔でユーリスに答える。 「冒険者になりに来たんだよ!」 「……親御さんはちゃんと説得したの?」 「そりゃもちろん!  世界を見てきたいから冒険者になるけど、数年したら戻ってくるから安心してっていう条件で許してもらったよ」  レヴの言葉にユーリスは意外だという顔つきになる。 「へぇ、故郷に戻るんだ?」 「戻るだけね。冒険がしたくなったらまた冒険するつもりだし」 「屁理屈だな」 「だってさー、この地図見てよ!」  レヴは家を出てくる際に貰ったこの大陸の地図をユーリスに見せる。地図には赤い×印が何個も記入されている上にあちこちが白く塗りつぶされている。 「旧大陸の地図だね。大分古いようだけど」 「まぁね」  この地図は昔行商にきたお兄さんから商品のおまけだと言われてもらったものだ。ユーリスの指摘通りこの地図は古く、今行こうとしているフォードラッセの町もない。そのためレヴは道に迷っていたのだが……。 「それよりも、私が気になってるのはまだこの大陸には誰も行ってない場所があるってことだよ」  地図が作られたのは大分前だというのはいい。しかし、穴抜けの地図がずっと更新されていないのだ。レヴが故郷を出て、フォードラッセへの道すがら立ち寄った町で地図を求めたが、すべてレヴが持っている地図と似通っているものだった。  何かこの大陸には謎がある。その謎はレヴを冒険者として世界を見て回る旅へと誘うには十分魅力的なものであった。  笑顔でそう語るレヴと対照的にユーリスはため息をついて、自分の横を歩くうさぎのぬいぐるみが背負っている袋から本を取り出すとレヴに見せる。 「君は見てないの?」 「何を?」 「淵の雨と聖女について」 「それくらい知ってるよ。聖央教会はどんな町でもあるもんね」  淵の雨とはこの世界でたまに降る雨のことだ。それにあたると獣も人も魔物になると言われている。そして、聖央教会はその雨を無効化できる聖女を祀っている教会のことだ。この大陸でもたまに淵の雨が何か月かに1回振ることがあってその日から何日間は外に出るなと教会から知らせがやってくる。  レヴも小さい頃はあまりそれを信じていなかった。普通の雨と淵の雨は見た目あまり変わらないのだ。ただ親がすごくすごく何度も注意して外に出ようとするたびすごく怒られるので、外には出なかった。だがそんなのは嘘だと言って生意気な子供が1人、淵の雨が降る中で外に出てしまった。その子はそれ以来姿を見ていない。ただ、近くの森でいつもと違う魔物がいて騒ぎになったのは覚えている。 「……なら、その×がついてる意味くらいわかるだろ?  そこはよく淵の雨が降るんだ。だから、立ち入り禁止。決まった道を歩かないと君も魔物になるよ」 「むむむ……。でも聖女様が……」 「無理」  ぴしゃりとユーリスがレヴの言葉を切る。  聖女が何かできるならもうすでにやっているのだろう。ユーリスが言いたいことはわかる。けれど、ロマンをそこに感じるのは何故だろう。 「君、病気かなんかじゃないの?」 「あれ?口に出てた?」 「出てた」 「うーん……口に出してた覚えはないんだけどなぁ。まぁいいや。  それでユーリス…さんはなんでフォードラッセに?」 「ユーリスで構わない。  フォードラッセに行くのは……依頼を出すためかな」 「依頼?」 「……人を探してるんだ」  ユーリスはそう言うと口を閉じた。あまり言いたいことなのだろうかと思ったが、依頼に出すくらいなのだからそうでもないのだろう。とはいえ、レヴがユーリスを見ててもそれ以上話すつもりはないらしくもくもくと歩いていく。うさぎのぬいぐるみも重たそうな袋を背負って軽々とその後をついて行くのでレヴもとにかくその後を追った。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加