白亜の城 1

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 夕暮れ近くになってようやく宿場町に着く。フォードラッセへの町はまだここから半月ほどある。道中にはこうした宿場町がないこともあるため、とにかく休める時にはしっかり休むことが必要だ。あちこちからかけられる宿の勧誘を断りながらレヴはユーリスの後をついて行く。  勧誘の波が少し落ち着いたあたりでユーリスが振り向いた。 「君は……」 「あ、レヴって呼んでいいよ」  にこりと笑って言うとユーリスは少し困ったような顔をしてから、少し間を置いて「レヴは」と言いなおす。 「フォードラッセまで僕と一緒に旅するつもり?」 「そのつもりだったけど……邪魔だった?」 「いや、そうじゃないけど」  邪魔ではないと言われて安心する。あの看板で迷っていたところでユーリスに出会えたのは幸運だった。正直持っている所持金はフォードラッセへの片道ギリギリの旅費しかないし、穴抜けの地図では今後の旅路も迷わず行けるか不安が残る。ユーリスさえ許してもらえれば一緒にフォードラッセまでついていくつもりだ。 「よく初対面の相手をそこまで信用していられるね。騙すかもしれないのに」  お気楽なことを考えているレヴにユーリスが皮肉のように言う。いや、皮肉というより警告なのだろう。レヴはユーリスの目を見て笑って返した。 「私、人を見る目あるから。ユーリスは大丈夫」  それにユーリスは苦笑して何も言わずに歩き出す。何も言わないということは私の言う事は合ってるということだ。ユーリスの背を追いかけてまた勧誘の波をかき分けながら、やがてユーリスが選んだ一つの宿に入っていく。  そこは他の宿に比べて少しぼろっちい宿であった。他の宿に比べてきらきらとした飾りなどはなく、外壁のレンガも少しは手入れしてあるのだろうが煤か何かで若干薄汚れている。  宿の扉を開けると、外のぼろっちさにかかわらずこの宿にはそこそこの人が来ているようだ。カウンターから覗ける食堂にはこの町に住む普通の人たちも食べに来ているのだろうか。世間話をしているような声が聞こえる。 「いらっしゃい。宿泊かい?」  ユーリスはカウンターに置いてある呼び鈴を鳴らすと、ぎしりと音が鳴る床板を踏んで奥で作業をしていたらしいおかみさんが出てくる。茶色い髪を無造作に一つに束ねていて、身軽そうな服を着ている。見た目は20半ばくらいだろうか。奥で水作業をしていたらしく、腰に巻いた布で手を拭くと紙とペンを取り出す。 「とりあえず一泊で。できれば朝食と保存食を2日分くらい用意してもらいたいんだが……」 「ああ、問題ないよ。保存食も今ならちょうどいい乾燥具合の肉があるから準備できるし、朝食も旅の途中で食べるなら包んでおこうか?」 「頼みます」 「じゃあ、代金は……っとちょっと待ってて。計算があまり得意じゃなくてね。えーっと……」 「はいはい料金はこちらになります」  指折り数え始めたおかみさんを見かねて他の男性が割り込んでくる。それにユーリスはお金を支払い、レヴの方を見る。 「あ、お嬢ちゃんもこっちの子と一緒でいいのかな?」 「あ、はい!同じでお願いします!!」  わけのわからないままとりあえずユーリスと同じでいいと言って、男性から示された金額を見てレヴは目を丸くさせながらお金を支払う。宿代は勧誘の波で聞いた金額の半分くらいで、朝食と保存食の分を入れても、圧倒的に安い。  少しだけお金の問題で不安に思っていたが、これくらいならば問題なさそうだ。 「じゃあ、ここに名前を記入しておいてくれるかい?  あとこれが部屋の鍵ね。お湯が必要になったら私に言ってね。バケツ2杯までは無料だから」  にこにこと笑顔でおかみさんが渡してくれるペンと紙を受け取って名前を記入して、置かれた鍵を受け取る。ユーリスも同じように名前を書き終わったのか、ペンを置くと鍵を持って「じゃあ」と別れを告げて部屋に向かおうとするその背を掴む。 「どうしたの?」 「この宿、めちゃくちゃ安くない?大丈夫なのここ?」  金額のことで逆に心配になっていたレヴを無視してユーリスは部屋の中へと入っていく。閉じられた扉をじっと見つめていると少しだけその扉が開く。 「体力の消費を感知。休憩を推奨」  ぴょこぴょこと耳を揺らして現れたぬいぐるみはそれだけを告げる。そう言えばこのぬいぐるみ、ユーリスと一緒に現れた時から歩いていたけれど、中に何か入ってるのだろうか?しゃがみこんでぬいぐるみの耳を触ろうとするとスッと避けられる。 「……」 「……」  赤い目と無言の睨み合いが続く。 「何やってんの」 「いや、目をそらしたら負けだと思って」  扉の隙間からユーリスが顔を出す。レヴは黙ってユーリスを見上げると彼は観念をしたようにレヴの荷物を指さす。 「まずは荷物置いてきて。その後ならちゃんと話すから」 「わかった!」  すぐさま立ち上がると荷物を持って指定された部屋へと急ぐ。ぬいぐるみへの興味はすでに薄れていたが、きっとユーリスから後で何かあれば話してくれるだろうと、そう信じて。
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