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ユーリスが面白いものと言って案内してくれたのは白い家の奥にある床の事だった。
こことユーリスがつま先でトントンと床を叩く。白い石畳のその一角はユーリスがやったのか綺麗に雑草が取り除かれていた。床には魔法陣が彫られている。ところどころ掠れているが、くっきりとこれが魔法陣だとみてわかる。
「これは?」
「古代魔術文字だな。第三式目だ」
「古代魔術文字は分かったけど、第三式目って?」
「古代魔術には時代によって系統がそれぞれ異なっているんだ。古い順から第一と来て、今のところ五式目まである。
三式目はかの暴君ルディアハンが世に存在していた時期の魔術式で、精密かつ、大規模な魔法がほとんどだ」
「詳しいな君」
エルシュトがユーリスを褒めると、別にと彼はそっぽを向いた。照れてるのかな。私の誉め言葉は照れたりしないのに。不思議だ。
ともかくこの魔法陣が古代魔術文字で、ユーリスの話によると大規模な魔法を行った跡なのだろう。
「これの具体的な効果は?」
「ところどころかけてはいるが……読み取れる文字によると浄化装置みたいなものらしいな。表向きは」
「表があるという事は裏は?」
「どこかへ移動できるようになっている。移動用魔法陣だ。文字がかすれているおかげで良い感じに移動用の呪文が見えてるな」
ユーリスは魔法陣のこことここの文字がその呪文になっていると説明してくれる。エルシュトもユーリスの指先を眺めつつ頷く。
「確かに。オーレリアンで見た転移魔法陣と同じ呪文だ」
「移動用魔法陣は運用するためにはかなりの魔力が必要だから、大きい町にしか配置されてはいないんだけど、ここは土地の浄化魔法と称して周囲の魔素をため込んで使えるようにしてあるみたいだ」
「使えるか?」
「文字を修正すれば」
「してくれ」
間髪入れずにエルシュトがユーリスに言う。それにユーリスは少し迷ったような顔をしてレヴを見た。
「君はどうしたい?」
「え?うーん……そうだな」
ユーリスが私に意見を求めるなんて珍しい、と思いながらもレヴは考える。
「それってどこに行くの?」
「座標的にはこの灰都のどこかだろう」
「そっか」
灰都のどこかに転移するということはもしかしたら移動した瞬間にあの黒い影に囲まれる可能性もあるということだ。先ほどエルシュトの話を聞いたからには彼女が望んでいるのであれば魔法陣を動かしたいという気持ちはある。
けれど、今回はレヴの我儘でユーリスに付き合ってもらってこの依頼を受けているのだ。危険を冒してまでやる必要があるのか。
「悩んでる?」
「かなり。ユーリスはどう思ってる?」
「正直、行くのはどうかなと思ってる。こんな風に隠された形である移動用魔法陣なんて大体ロクな使い方されてないでしょ。
それにこの町にいる黒い影の魔物。どう考えてもおかしい。あんなものは他の地域でも見たことがない。
でもこの依頼はレヴ、君が受けようって決めたものだ。だから君の意見に従うよ」
淡々と危険だとユーリスは言いながらもレヴに最終的な決定権を委ねている。リスクを語ったうえでユーリスは涼しい表情をしていた。その顔は本当にどっちでもいいと思っていそうだ。
ユーリスの隣に佇むヴァニラも何も言わない。こういう時になんか助け舟とかは出してくれないのだろうかとじっと見つめてみたが何もしゃべってはくれなかった。はぁとレヴは重い息を吐いた。
「ユーリス、その言い方はずるいなー」
「すまない、君達。だが、もし許されるならこの先に私は進みたい」
「ううん……ユーリス、姿隠しの薬で移動するってのあり?」
「余ってるからいけるけど」
「じゃあ、ひとまずそれで姿隠してから転移して、もし魔物とかいっぱいいそうだったらここの家に戻ってくるって感じでどう?」
「そこらへんが妥協案か」
ユーリスが背負った荷物から小さな小瓶を取り出すとレヴとエルシュトに二本ずつ渡す。
「なんで二本?」
「何かあったら困るだろ」
この街そこそこ広いし、と言われて納得する。一本を腰のベルトに差し、もう一本は手に持つ。
「じゃあ、魔法陣修復するからちょっと待って」
かりかりと石畳を削る音がする。そしてユーリスがナイフで自分の指先を少しだけ切ってその魔法陣の上に落とす。
ぽぅっと魔法陣が光り出したのを見てエルシュトが一歩前に出た。
「まず私が行こう」
そう言いながらエルシュトは姿隠しの薬をごくりと飲む。姿が消えて、恐らく魔法陣の上に乗ったのだろう。魔法陣の光がパッパッと点滅した。
「じゃあ、次私だね」
「気を付けろよ」
「勿論」
ユーリスに手を振ってレヴも姿隠しの薬を一気に飲む。どろりとした少し甘くて苦いそれを呑むと魔法陣の上に乗った。
視界が暗転する。
気が付くと広い石壁に囲まれた部屋に移動したようだった。
きょろきょろと辺りを見渡して、黒い影がいないのを見ると私は声を出した。
「エルシュトさんいます?」
「ああ、いるぞ」
声が聞こえた方へと歩き出す。先ほど違って手を繋いでいないから本当にこっちにいるのかわからない。さくりさくりと固くなった絨毯らしき布の上を歩く。
とりあえず壁に近付く。天井は吹き抜けになっているらしく、唯一明るいその場所にたどり着くと、石壁のそこかしこが黒く汚れているのに気づく。どこか文字のようにも見える。
古代魔術文字だろうか。
「壁には触るなよ」
壁にそっと触れようとしてユーリスの声が聞こえて慌てて手を引っ込める。
「古代魔術文字だ。血の契約。隷属、従属、いろいろと書かれている」
「つまり?」
「この古代魔術は血そのものに魔術をかけている。術者が望むように血は動き、その呪いの血を浴びた者は同じく、呪われると。この壁に書かれている文字も血みたいだ」
「さすが暴君ルディアハンの時代に使われていた古代魔術だねぇ。
えげつない」
エルシュトが悪態をつくように言う。見てみれば、壁の一面だけかと思えば壁だけなく床一面も黒くなっていた。黒い個所がないくらいにはそれは床と一体化していて、かかとで床を削る度にぺりりと剥がれる音がする。
「あまり良い場所ではなそうだね」
「あら、久しぶりのお客様?」
こつんと音がした。
ユーリスともエルシュトとも違う声が聞こえて、驚いてそちらを振り向く。誰もいない。よく見てみると誰かいる?
ぼうっと壁の松明が青く燃える。一気に明るくなった室内の一番奥で何かが倒れていた。かたり、かたりとまるで操り人形のようにあり得ない動きをしながらそれは立ち上がる。
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