静寂の満月

1/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

静寂の満月

 その日夜遅くまで起きていたのは、本当に偶然だった。  家族はもうみんな床に就き、僕だけがリビングで読書に耽っていた。  すっかり熱中して読破をし、ふぅと息を吐いた後、読書のお供にしていたコーヒーを一口飲む。  随分前に冷め切ってしまっていたそれに顔をしかめた。  ――淹れ直すか……。  椅子から立ち上がると、ふっと窓の外を見た。いやに静かだなと思う。  集中していたから周りの音が聞こえていないのだと思っていた。けれど、もともと音がないと思うほどに静かだったようである。  都会と言うほど都会な訳でもない。日によってはそんな静かな日もあるものだ。それは同時に、それほど遅い時間なのだと言うことも示していた。  ――今、何時だ?  時計を見ようとした時に、窓からさぁと光が差し込んだ。何気なく外に視線を戻す。曇っていたらしく、光を遮っていた雲が晴れたのだ。僕は目を瞠る。  雲の隙間から月が覗いていた。ルビーかガーネットのような、真っ赤な、視界に収まるか収まらないかと言うくらいの大きな月が。  見たことのない大きさとその美しさに呆気に取られていると、何処からか微かに音楽が聞こえてきた。  何処からだろうと辺りを見回す。音はどんどん近付いて来る。どうやら外からのようだった。僕はまた外の方へと目を遣った。  空には相変わらず深紅の満月が浮かび、その前を線香の煙のような夜の雲が纏わりついている。  その雲の右側から、何かが飛び出してきた。  次から次へと飛び出してくる。なんだろうと目を凝らした。僕はその正体を確認して唖然とする。  それは龍だった。ドラゴンだった。  古今東西のあらゆる龍やドラゴンが群れを成して、右の雲から月を横切り、左の雲へと消えていく。  ますます状況が呑み込めずぽかんとしていると、先程から聞こえてきた音楽は、鳴き声なのだと気が付いた。  まるで蓄音機で聴いているような、心地良いほんの微かなノイズのかかった音。横切る龍の数が増えるにつれ、その音は大きくなっていく。そしてまた、龍が少なくなっていくにつれ遠ざかっていく。  最後の一匹らしい龍が通り過ぎて行った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!