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高台院は一人、大坂の方角を見ていた。大坂の陣が集結してから、二年の月日が流れている。
「高台院様」
長く一人で、物思いにふけっていた高台院に、侍女が声をかける。
「何用です」
「芳春院様がお見えです」
芳春院は、尾張で長屋暮らしをしていた頃からの高台院の友人で、秀吉の親友であった前田利家の正室である。
「高台院様、ご無沙汰しております」
「芳春院様、お久しゅうございます」
二人は再会を喜んだ。文では何度かやり取りしていたが、会うのは、芳春院が江戸での人質生活を終えた年に、一度会ったきりである。
「三年ぶりになりましょうか」
「ええ。利長が身罷った年に、会ったのが最後ですから」
二人はしばらく互いの近況を話し、どちらからともなく、二年前の大坂の陣の話を始めた。
「二年、経ったのですね」
「まだ、鮮明に覚えております。ここからでも、大坂の空が赤く染まったのを」
高台院は、寂しそうな、されど穏やかな表情で外を見ている。その視線は、遙か大坂の方に向いているのだろう。
「誠に、寂しゅうございますな。豊臣の家が、滅んでしまったのは」
「ほんに。されど、わたくしは、これで良かったと思うております」
「良かった……? 何故……」
高台院は少し口を開くのを躊躇ったが、意を決して芳春院を見る。
「……この話をすれば、豊臣の恥を晒すことになりましょうが、芳春院様、貴女様には聞いて貰いとうございます」
芳春院は高台院の真剣な眼差しに、否やを唱えることは出来なかった。芳春院がうなずくのを見、高台院はゆっくりと話し始めた。
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